鬼は外。

俺は見た目チャらいとよく言われるけれど、こう見えて霊感体質である。
幼い頃は大人たちに「ねえ。どうしておじいちゃんの分のご飯がないの?」と葬儀のとき尋ねたりして怖がらせていたが、高校生にもなると無視を決め込むことになれてきた。
目の前にまで迫ってもいないという風に視線を合わせないことができる。
まあ、こちらが注視しなければ奴らが迫ってくることはない。基本かまってちゃんなのだ。
で、俺の霊感体質はその死んだおじいちゃんから来るものみたいなのだが。
おじいちゃんがいつも言っていたのは、節分のときは外で遅くまで遊ぶな、ということだった。
みんなが邪気を払い、豆をまき、鬼を追い出すことによって三日の夜は街は鬼だらけらしい。
その話を聞いたときは夜眠れなかった。
窓の外をみることもできないくらいびびった。
なんせ、俺はまだ幽霊はみたことがあっても「鬼」という類はみたことがないからだ。
おじいちゃんは「人みたいなものだ」と言った。
なんだ、人の形をしているなら怖くないなと思い直した。
そんなことを、ふと思い直したのは友達とカラオケに行って夜更けまで遊んでしまったからだった。
「あ。もう10時まわってたわ。親に連絡するの忘れてた」
友人の中島が時計を見て言った。いい時計をしている。
そのいい時計が10時を指しているのだから間違いない。俺も携帯の画面を見て「しまったー」と思った。
でも、子供の頃聞いた話だ。
それに世間は恵方巻きに夢中で今時豆などまいていないだろう。
何を怖がる必要がある。
俺は中島と別れて、一人住宅街を歩いた。
おにはーそとーふくはーうち。
という台詞は聞こえてこず、辺りはしんとしていた。もう眠っている人がほとんどだろう。
明日は平日だ。
白い息を吐く。空は静かにこちらを見下ろしている。何か妙なものと目があいそうになって自然に視線をおろす。
冷えるのは冬のせいだ。
急に音が消えたのも夜のせいだ。
何故か五感が緊張してきたのも。
俺は自身が何かを恐れて察知していることに気づいた。
足を思わず止めてしまう。
家の前で黒い影が猫背で一軒の家を見ている。
玄関を見ている。
灯りのともっている玄関から中をじっと見ている。
ちょうど、家の中からの灯りから離れている位置。それ以上近寄れてないとでもいう風に立つそれは俺よりも小柄だった。
でも、獣でもない。
二つの目がこっちをみた。
俺は動けなかった。
その何者かは走って逃げた。
そして、三軒先の家まで走って家の敷地に入っていった。
俺は金縛りからとけたように動きだし、影のあとを追う。
そして何気ない風に入った家の表札をみた。灯りが消えている家。
別にそれだけのこと。
数日後。
その家が放火されたと報じられた。
俺がみたのは犯人だったのだろうか。じっとこちらをみる爛々とした目。
下見をしていたのだとしたら。人。
おじいちゃんの言葉が浮かんだ。
「人みたいなものだ」
人かもしれない。人だとしてもぞっとするし、鬼だとしても同じことだ。
事件は怨恨による放火かもしれないということで報じていた。
俺は節分の日は夜出歩くことをやめた。
恵方巻きも毎年食べることにする。
迷信かもしれないが、昔の人が言うのだし――とにかく、俺は怖くてあの目を忘れることができなかった。
おわり。

読書のすすめ。

昨日は、病院の付き添いで待機時間が多い日でした。
なので、暇つぶしの本を持っていきました。
今回は
綿矢りささんの「勝手にふるえてろ」を持参。
すごく、おもしろくて一気に読めちゃいました。

内容はというと、主人公のヨシカは26歳のOL。妄想癖あり、過去オタク。
一番好きな人のことを内心「イチ」と呼んでて、ヨシカのことを好きな会社の男性を「ニ」と呼んでいたりします。
自分のことを好きなニをすきになれば、まあまあ幸せになれるはずなのに、賞味期限きれの片思いを捨てきれずにいます。

目の前にある大事なことに気づけない女の子が失いそうになって初めて、気付く話――なんですが、とてもユニークな文章かつ、読みやすいです。
オチは三択くらいしかないはずなのに、彼女が「彼」を選んだのが意外でした。
とてもいいオチです。
実写映画化になっているようで、見たい作品だと思いました。

作者さんは、とてもすごい方ですが、私でも書けそうな作品でした(笑)
(いや、もちろん書けそうで、書けませんよ!)
というのも、主人公の一人称だから、主人公の思考レベルが私と合っているだけなんですね。
文庫を買ったですが後半に入っている短編「なかよくしようか」が少し難しかったです。

本作を検索すると「キュートな恋愛小説」とありますが、果たしてそうかなと思いました。
女の子の生々しい子供っぽい思考回路が描かれてます。
私はそこが良かったのですが。
男性が読むと、あまり面白くないのでは? と思いますよ。
キュートな女の子が出てくるかは、お約束できません(笑)


今は昔、でもやっぱり好きな話。

コバルト短編に向けてプロットを書いて進めています。
久しぶりに書くと、文章がもともと下手だったのが更に下手になっていて驚きました。
同じ語彙しか浮かばない。
動作ひとつでもいくつか表現方法があるのに同じやつしか浮かばない。
これは、大変なことです。

でも、楽しいですね。
楽しいと言えば、昨日久しぶりにネットで二次小説をあさってました。
スレイヤーズTRYのゼロスとフィリアのやつです。
ちょっとずつあるのですが、めちゃくちゃ上手いTOTOさんという方のは凍結されているので残念です。
この方のは神ですね。
二次創作って原作の設定はもちろん把握しているのは当たり前なのですが、現代風にした場合もすごい言葉のチョイスとかセンスしか感じません。キャラのことをよくわかっていらっさると思いました。
スレイヤーズは私をオタクにしてしまった元凶(笑)でして、今、二次を漁っててもにやつきが止まりません。
まさに青春ですね!
思えば、これでラノベにはまってしまったんです。
こういうの書きたいですね。
キャラが濃くて、設定も広い。
魔族の設定、竜族、魔術の起こり方、国の設定など奥が深い。まだまだ描いてない魔族の方がいるのにも関わらず会話でちらほら出てくるあたり混乱するんですけど、面白いなあと思います。
最近、家族ではまっている海外ドラマの七王国物語、こちらもそういう「出てこないキャラや過去の大きな出来事」について話しているシーンがあります。はっきり言って混乱します(笑)
でも、そこがいい。
そういうファンタジーラノベこそオタク心を育てるのかもしれません。
把握するの大変なんですけど、楽しいっていうやつ。

今書いている話はとてもおとなしい話ですが、終わったらラノベっぽいやつ書きたいなあと思いました。


あけまして、おめでとうございます。

平成も30年ですね。
なんとも、きりのいい。

昨年は時間に追われて(毎年言ってますけど)自分のことができなかったので、やりたいことは先取りでやっていきたいと思いました。
好きなものは後で残すタイプなんですけど、食べたいものから食べる方がお得です。
若い頃は嫌なことからやって、後でゆっくり好きなことをすれば良かったのすが、
しなければいけないことをして、嫌なことをしていると、したいことをする時間がめっきり減ったのです。
削れるといえば、創作時間ですね。
簡単にできないから、後でゆっくり書こう。
洗濯もの干してから、皿洗いしてから、掃除してから、仕事終えてから、明日早出だから、先のばしていた人との約束も――。
大人だから「しなくてはいけないこと」ってたくさんあるし、無視できません。
我儘だと誰も残ってくれません。
当たり前ですね。
でも、「やらなければいけないこと」を選別します。
ちょっと、ペースを落として色々配分考えようと思った次第です。

年末あたりそう考えて、常々考えていた家の修繕に取り掛かりました。
本もたくさん捨てたり、譲ったり、売ったりしました。
積読もすごいです。
昨年ほど本を読まなかった年はありません。
今年はもう少し読んでいきたいです。

創作の友人との関わりも増やしたいですし、地元の友人とどこかへ出かけてもいい。
遠くにいる友人にも会いに行きたいです。
特に、小説を書いていきたいです。

勝手に抱負、失礼いたしました。

ひっそりと2017年を振り返る。

どうも、お久しぶりです。
年の瀬ですね。
今年は本厄でした。やはり、それらしいこともございまして、非常にやりにく一年でした。
それも今日で終わりです。
昨年は一年間が始まるのが憂鬱でしたが、今年はなぜか来年、なにをしようかとわくわくしてます。
というのも、ちょっとやってみたいことを実行していこうと思ったからです。
私は誰かに誘われてとかが非常に多く(それはそれでありがたい)何も自分からは実行したことが少ないのです。

ふ、と何かしたいと思った11月。
ぼんやりとツイッターみてますと、家から車で5分くらいのカフェに、誰か本を出した人が講演会を開くという内容の書き込みがありました。私は仕事でしたが迷いなく、すぐに応募しました。
角田光代さんの講演会がすごく良かったので、こういった機会があれば参加どんどんしたいと思っていたのです。
応募したのは「魔法をかける編集」という本を書いた藤本智士さんという方のトークショー。
失礼ながら存じ上げませんでした。
ケーキも出るし、本の販売もあとであるし、そのとき知ればいいやくらいに思ってました。
席につくと、知らない女性と少しお話をしました。
その女性は、たまたま知人が来ていたようで二人で話し出して私はまた一人になりましたが、別の隣りに座った女性と話しておりました。こういう講演会に来ると知らない人と普通に接する機会ができることに、感動しました。
別に名刺(持ってないけど)交換や、連絡先などは交換しませんでしたが、とても新鮮でした。

藤本智士氏はとても、すらりと背の高い男性でした。
堅苦しい感じはなく、自然な語り口調にすぐに親近感を抱きました。
あ、この人面白い人だってすぐに思いましたよ(笑)

何をしにきましたかというと本を売りにきました、なんていう冒頭から始まり、今のメディアの在り方について語りました。
私も疑問に思っていたことがありました。
東京を中心としたメディア。
でも、東京は首都ってだけですよね。
メディアは何かを誘導している気がしてならない気がします。
本当に興味あることはみんな違うかもしれないのに。
朝の報道番組でインスタ映えするスイーツ特集。
芸能界の不倫スキャンダル。
偏った政治報道。
私の友人はフィギュアスケートのファンですが、誰かヒロイン決めて、またライバルを決めての報道やフィギュアというものをスポーツとしての取り扱いになっていないとよく憤慨しております。
彼らはアイドルではない。解説者もルールをあまりよくわかっていない人がコメントしていることさえあると言ってました。
私は詳しくないので知らない世界です。
ですが、考え方を作られている現実にぞっ、としました。
情報が溢れすぎている現在。受け取るだけでは間違った考え方をしてしまう恐れがあるのかもしれません。

東京だけがメディアを作る場所ではない―藤本氏は地方、そしてあなた個人こそが歩くメディアであると語りました。
え、マスコミじゃないのに?
私は既に引きこまれてました。
藤本氏の遍歴とやってきた仕事を聞いて、すごく楽しそうだと思いました。
彼は雑誌の編集の仕事をへて色々なプロジェクトに参加してました。活動拠点は主に地方。
秋田県の雑誌「のんびり」の編集はまさにチャレンジだと思いました。
本音討論しながら、その雑誌を出すことによって見えるビジョンを追いかけたのです。
藤本氏のトークの中に度々出てくる「ビジョン」これ大事です。
コンペの優勝することが目標、地方CM動画再生回数何毎回が目標、売上がいくらが目標……優勝したから何なのか。
売上があるから何なのか。
優勝して、この風景を知ってもらい、守ることができる。そこまで行ってようやく完成なのです。
型や枠にとらわれて大事なものを見落としていることに気づかせてくれるトーク内容でした。

行動の先のビジョンかー、と考えて私もふと小説を書くことに思いを馳せました。
小説を書いて、賞をとることが目標?
違うなあ。賞金?
有名になること?
ああそうか。誰かを明るくさせたいと思ったことでした。
嫌なことが多い昨今。まあ、私の学生時代もぱっとしませんでした。
ぱっとしなかったからこそ本を読んでいるときはわくわくしました。
そういうの、いいですよね。
忘れかけてしまう何かを思い出させてくれて、ありがとうと思いました。

魔法をかける編集という本を買わせていただきますと、ひとりひとり丁寧に私の名前とサインを書いてくれました。
とても、楽しいお話でしたと声をかけさせていただくと、ありがとう、良かった! と言ってくださいました。
色々な方がいらっしゃいましたが、翌日仕事でしたので、すぐに家に帰りました。

とても、充実した日でした。
著名な方のトークはやはり、何か得る物がありますね。
来年もこっそり見つけては参加したいと密かに野望を抱きました。

一人旅もしてみたいなあ。
私は、もしかしてとても自由なのではと(当たり前なのに)気付いた暮れです。
それでは、皆さまも良いお年をお迎えくださいね。

来年もよろしくお願い致します。





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