私とワルツを(鬼束ちひろさんの曲)を聞いて。



最近、鬼束ちひろさんの「私をワルツを」をリピートして聞いております。
とても良い曲でそれをイメージするお話を書きました。
まずは聞いてほしいです。
切ない曲です。

下記から話。




「私とワルツを」


むかし、むかし。
とあるところにとても美しい王様がおりました。
王様はとてもお若く、またお妃様もいらっしゃいませんでした。
国中の女がお妃候補として名乗りをあげましたが、王様は誰ひとりとして仲良くなさいませんでした。
以前、王様と一度しか会話のしたことのない娘が他の女に殺されてしまったからです。
それは嫉妬からくるものでした。
王様はそれ以降、二度と誰かの名前を呼ぶことなどしませんでした。

王様は国をよくすることだけを考えてきました。
ですが、日照りが続いた年がありました。
他の国から食べ物をわけてもらわないと、民は飢えて死んでしまいます。
王様の美しさは他の国にも伝わっておりましたから『食べ物をわける代わりにうちの娘と結婚をしてほしい』とたくさんの伝令がやってきて言いました。

王様は部屋にこもりきり、ずっと悩みました。
誰かひとりを選べば、そのひとりは他のだれかに殺されてしまうかもしれません。
自分はまた誰かを不幸にするのではないか、と頭を抱えました。
それでも大勢の民が救えるのなら、少ない犠牲は仕方のないことかもしれません。
ですが、殺された娘のことを思うと決断することができないでいました。


そんなある日、美しいものが大好きな魔物が王様の間の前にやって来ました。
魔物は一見すると、人間の女のようでした。
けれど蝙蝠のような大きな翼と牛のような角をもっており、また王様のように美しい容姿をしておられました。
王様はこれまで見た、どの女よりも美しいと感じましたが恋に落ちることはありませんでした。
王様は容姿だけで人を好きになる人の気持ちが全くわからなかったからです。

魔物が真っ赤な唇を開きました。

「お前がずっとわたしのためだけに存在してくれるのなら、この国の繁栄を約束しよう」

魔物が言うには約束を守るのなら、王様は老いることも死ぬこともしないそうです。
そして王様が生き続ける限り、国は飢饉や戦、病から守ってもらえるということでした。

王様にとってまたとない申し出でした。
魔物はこうも言いました。
「自分のものだという証として、私とだけダンスを踊ってくれればいい」と。

王様は魔物と契約をしました。
その日から雨が降り、たくさんの作物に恵まれました。
飢饉から逃れることができたので、王様はほっとしました。


王様はお腹も減りませんし、年もとらないし、病気もしなくなったので城の家来を半分に減らしました。
それでも身の周りの世話係りを雇うこととしました。
王様はひとりでも着替えができましたが、王様が王様であるというだけで、それは許されることではありませんでした。
王様は人を従えることが仕事だからです。

世話係りは男でも女でも構わず雇いました。
けれど、決まって美しい王様の容姿に惹かれて自分を見失う者ばかりでした。
男でも女でも同じことでした。

このままだと王様は約束を破って他の者と恋に落ちてしまうのではないか。
――心配になった魔物はダンスを踊るのは自分だけにするため、更に呪いをかけました。

それは王様に恋をした者が王様とダンスを踊ろうとすると、体中に激しい痛みを感じるということです。
針で刺されているかのような鋭い痛みに耐えることができるわけがありません。
魔物は王様に言いました。

「ダンスを踊れば相手の者に痛みが走る。そしてお前もダンスを踊り切れば死ぬ。お前が死ねばこの国も滅んでしまうよ」

王様は別に構わないと言いました。


それから数年の月日が過ぎていきました。
相変わらず、世話係りはすぐに変えておりました。
中には一日で王さまに恋をしてしまう者もおりました。
王様は姿形だけで落ちてしまう「恋」というものが信じられませんでした。
中身も知らないのに、好きになった相手のことしか考えることができない恋というものが、とても怖いとすら考えます。
時として、人を殺してしまうほどの感情を起こしてしまいます。
このまま知らないままでいよう。
王様は平和をこよなく愛しておりました。

それから、数百年の年月が過ぎていきました。
王様は美しいままでしたし、国もずっと平和でした。
城の者も知っているものはほとんど死んでしまいました。
時折、やってくる魔物だけが話し相手です。
二人は月光のもとダンスをします。
それこそ、魔物が望んでいたことです。
王様は魔物だけの物なのです。
永遠に。

王様はやがて退屈だと思うようになりました。
たくさんの本を読んでも、絵画を描いてみて、庭に出てみても、楽しくありません。
毎日、変わり映えのない日々。
王様は死んだらどうなるのだろう、ということを考えるようになりました。
それは魔物との約束を破ることになります。
民を見捨てることになります。
王様は悩みから救われたと思ったのに再び頭を抱える日々となりました。

また、新たな世話係りがやってきました。
新しくやってきたのは若い女でした。
王様は重い溜息をつきました。
今までやってきた若い女はすぐに王様の顔をみて恋に落ちてしまいます。
王様はそういったとき、仕草をみて好意に気付くようになりました。

女はそばかすの浮いた顔を王様に向けて挨拶をしました。
花の名前をしておりましたが、王様は覚える気などありません。
王様はいつだって相手の目を見ません。
目があえばすぐに恋に落ちてしまうのです。
女は愛想のない王様の素振りは気にしませんでした。
以前、勤めていた先の主人がとても酷い人だったそうです。
それに比べたら城での仕事は天国のようでした。

若い女は朝になったら日の光を部屋に入れるため分厚いカーテンを開きにきました。
王様の着替えを手伝い、髪を梳き、食事を用意しました。
食事は時々で構わないと言いましたが、女は仕事を奪わないでほしいと言いました。
仕事がなくなれば、また仕事を探すことになります。

女はとてもよく話すのでした。
毎日、違う話をもってきて王様を笑わそうとするのでした。
王様は聞いてないフリをしました。

ある日、そばかす顔の女ではない、別の女がやってきて食事を用意してくれました。
王様は驚いてその女に聞きました。

「あの者はどうした?」
「きょ、今日は体調を崩しております……」

尋ねられた女は顔を真っ赤にして答えました。
王様が他人と会話をするのは実に久しぶりのことだったからです。

翌日になって元気になった女が世話をしにやってきました。
ちょうど、髪を梳いているときです。
王様はどうして昨日休んだのか、と何気ない風に尋ねました。
女は王様が残した食事を勿体ないからと言って、全部食べつくしたことによりお腹が痛くなったそうです。
王様は心配しておりましたので、思わず笑ってしまいました。
女は王様が笑うところを初めてみました。

王様は次第に女に心を開いていきました。
不思議なことに女は王様に恋をしませんでした。
どうしてか、と尋ねたら女は笑いました。

「王様、あなたが思っているほどあなたは魅力的ではありませんよ。あたしは王様のことをよく知りもしないので、好きになれません」

初めて魅力的ではないと言われました。
王様は悪い気がしませんでした。
今まで王様の気をひくためにわざと悪口を言ってくる者もおりましたが、それはすぐに気付きました。
女はとても正直でした。

王様はついに決心してひとりで抱えてきた悩みを女に打ち明けてみました。
自分が誰かを傷つけてばかりだということ。
魔物との約束。
恋が恐ろしいということ。
毎日がつまらないこと。
ダンスをした者は痛みが走ること。
踊り切れば王様は死に、国が亡びること。
死んだらどうなるのだろうと考えること……。

女は黙って聞いておりました。
真剣に聞いておりました。

しばらく沈黙がおりました。
女は少し怒ったような表情をして口を開きました。

「ようやく助けてと言ってくれたのですね」

女は王様に言います。

平和というのは誰かの犠牲の上であってはならないのです。
前の主人のところで働いていたときは毎日辛かったです。
あたしの親が主人たちにお金を借りたので、どうしても辞めることができませんでした。
その間、主人たち家族はとても幸せに生活しておりました。
あたしはまるで奴隷のように働きました。
ついに限界を感じてあたしはそこから逃げ出しました。
誰も助けてくれないのなら、自分で動くしかなかったのです。

飢饉や病、戦は人間が人間である限りずっと離れることはありません。
あなたは人間なのですから、全てから守れるだけの力なんてないのです。
それこそあなたが嫌う姿形だけの表面上だけの仮初の平和です。
本当ではないのです。
あなたは自分すら守れないのに全てを背負おうとしています。
現に、こうしてあたしに話すということは限界が近づいていることをわかっていらっしゃいます。

「王様。終わりにしましょう」

女がそう言うと、どこかで二人の話を聞いていた魔物がやってきました。
部屋に大きな風が巻き起こります。

魔物は王様がとても人間らしいと言いました。
平和を願っておきながら、自ら捨て去ろうとしているのだから。
己が辛いからと、楽になろうとしているのだから。
人間とはそのようなもので、この女も他人のために痛みに耐えることができないだろう。
途中でやめてしまうに違いない。
王が死ねば国は亡ぶ。仕事を失う。女がたったひとりの人間のために痛みに堪えて踊りきることができるわけがない。

女はいいえ、そんなことはないと否定しました。
誰かが誰かの幸せのために我慢することはとても許せないのです。
王様の優しさに付け込んだ魔物も許せませんでした。

満月の夜に王様と女は魔物が見る前でダンスを踊ることになりました。


美しい月が空に浮かびました。
雲一つない、晴れた夜でした。
静かで、平和な夜です。

女はいつもの世話係りの簡素な格好ではなく白いドレスをまとっておりました。
王様は燕尾服を着ておりました。
魔物は誰かのためにダンスを踊る王様を疎ましく思いました。
けれど、どうせ女が泣きだし王様を見捨てるに違いありません。
魔物は絶望するであろう、王様を慰めてやろうと内心ほほ笑んでいました。

大広間でどこからともなくピアノ曲が流れてきました。

女は手を差し出しました。
満月の夜までに踊ったことのないステップを練習してきました。
王様と踊るのは初めてです。

王様は女の手をとり、細い腰に手をまわしました。
すると、女の体に激しい痛みが走りました。
思わず悲鳴をあげて、女は王様を突き飛ばしました。

呼吸を苦しそうにする女に王様はやはりやめようかと言いました。
針で刺すような痛みをダンスの間中耐えることができるでしょうか。

女は首を振りました。
今度は大丈夫と言い張りました。魔物が笑っています。
青白い月が黙って見守っております。

女は自ら王様の肩に手をまわしました。
今度は耐えることができました。

「あたしとワルツを」

ゆっくり、動き出します。
ダンスはワルツを選びました。
体をくっつけて呼吸をあわせます。
女は歯を食いしばっています。
ステップを間違うこともありましたが、女は脂汗をかいて耐えています。
回転すれば、優雅に女のドレスが舞います。

王様の肩に女の指が食い込みます。
女の表情を眺めます。
ワルツを踊り切れば、王様は「永遠」から解放されます。
嬉しいと思うのと同時に、疑問が浮かびました。

苦しそうに震えている女に聞いてみます。

「どうしてそうまでして、私を救おうとする?」
「……助けて、とあなたがおっしゃったからです」
「お前は助けてと言えばだれでも助けるのか、それこそお前が言ったように全てを背負うことにならないか」

女はとまりそうになりました。
魔物は身を乗り出しましたが女は小さく呻いて耐えました。
まだダンスは半分です。

「あたしがそうしたいから、そうするのです」
「見返りはあるのか」

王様は国が滅んだとき、きっとこの女は後悔するに違いないと思いました。
戦や飢饉、病が一気に押し寄せるだろう。

「王様、ではあたしの名前を呼んでみてください……それだけで満足です」
「お前は私に恋をしたのか」

女はほほ笑みました。
はいとも、いいえとも答えませんでした。

女は痛みを誤魔化すために呟くように話をしました。
翻るドレスに王様は見惚れました。

女は痛みで気を失いそうでした。
魔物の顔から笑みが消えていきます。

到底、耐えることができない痛みのはずです。
このままでは踊り切ってしまう。

「王よ、このままでは女は痛みで死んでしまうかもしれない。手を放せ!」

魔物の声に王様は迷いました。
女は手を強く握ります。

「あたしは大丈夫です。あと少しです、どうか手を放さないで」

魔物は嫉妬から、風を巻き起こしました。
二人はステップを踏み続けました。

カーテンが大きくはためき、窓硝子が割れました。
女は痛みでどうにかなりそうでしたが、王様が楽しそうにしているので幸福な気持ちとなりました。

最後にゆっくりターンをしました。
回転して、お互いの顔を間近ではっきりみつめました。
青白い月光に照らされた王様の顔はやはりとても美しいのでした。
その頬には涙が伝っておりました。

「ありがとう、マーガレット――」

女の名前はマーガレットと言いました。
王様に名前を呼んでもらえると今まであった悲しいことや辛いことが、このためにあったとさえ思えました。
女は恐れ多いけれど、自分と王様はとてもよく似ていると思いました。
誰かのために犠牲になることが仕方のない立場だったのです。
女は逃げ出しました。逃げることで生き延びたのです。
王様は逃げませんでしたが、変わりに自己犠牲を選んだのです。
悩みから解放されるため楽な選択をしたのです。
王様は生きることをやめてしまいました。
それは死んだも同然です。
助けてと叫んでほしい、王様をみているうちに女は思いました。


魔物は死んでしまった王様を見て、舌打ちをしました。

「結局、人間は自己愛の生き物だね。なのに誰かと生きなきゃいけないくらい弱い」

魔物は死んだ王様の亡骸を炎で燃やしました。
そして、どこかへ飛んでいってしまいました。

女は仕事を失いました。
ひとり残された女はこれからのことを考えました。
国はきっと滅んでしまいます。
今まで逃れてきた、たくさんの恐ろしいことがこの国に押し寄せるでしょう。
ここから逃げ出す必要があります。
きっと違う場所に行ってもたくさんの酷いことが待ち受けているでしょう。

そんなとき、踏ん張るのです。痛みに耐えたように。
女にあるのは王様と過ごしたわずかな日々です。
王様を救えたことです。
名前を一度、呼んでもらえたことです。

ワルツを踊るとき、悲しげだった王様の瞳に光が宿りはじめました。
死に向かっているというのに希望が湧いていたのです。

マーガレットは王様を救いたいと思った瞬間を思い出しました。

王様がふ、と言ったのです。

「私には王としての価値などないのかもしれない」

美しい顔に困ったような笑顔を浮かべました。
マーガレットも自分に価値などないと思っておりましたが、そう思える日々から助け出してくれるのは自分だけだと知っておりました。
助けてくれることを待っているだけでは、自分のことを好きになれるはずがありません。
自分を好きになれない人は恋などできるはずもありません。
王様はいろいろなものを怖がっていらっしゃいます。

「王様……あたしにできることがあったらおっしゃってください」

助けてと言われればいつでも駆けつけましょう。
だから、あきらめたように笑わないで。
王様、誰かの名前を呼んで泣くことを怖がらないで。


――あたしとワルツを踊りましょう。





おわり。
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