スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

変われる明日。

ーーこの友達も話合わなくなったなぁ。

市原志乃は止まらない女友達の愚痴にずっと付き合っていた。
いい加減携帯電話を持つ手がしびれてきた。
イヤホンに付け替えるか、スピーカーに切り替えて机に置くか迷う。
友達、峯岸洋子の話は主にママ友とのいざこざと孫二人目はいつかといった義母からのプレッシャー。
市原志乃と峯岸洋子は小学校からの幼馴染だった。社会人になって住む場所も少し離れた。
峯岸洋子は結婚しており幼稚園に通う5歳の子供がいる。
人見知りの激しい男の子で、いつ会っても小さな声でうなづくばかり。
挨拶はいつになったらしてくれるのか。
人見知りなんだよねー、まだ怖いかーと言って足にまとわりつく子を洋子はいつも甘やかす。
人様の教育方針だし、子供もいない志乃には口出しできない。
妊娠したときも出産を怖がる洋子に、よーちんならきっと大丈夫だよ! と言ったら、
え? 志乃は子供産んだことないじゃん、なんでそんなこと言えるの? と真顔で返された。
適当なことを言った、と志乃は後悔した。
不安でイライラしている時に自分がかけるべき言葉はないのだ。いつでも力になるから、できることがあったら言って、元気な赤ちゃん産んでね、当たり障りのないことばかりしか浮かばなかった。
ボキャブラリーがないんだと自負している志乃は、つい、いつも聞き手になる。
相槌を打つのは得意だ。逆に自分の話をすることが苦手だった。
相手が飽きてしまってるのではないか、テンポは悪くないだろうか、滑舌悪いから聞きにくいのではないか。
そんなことが頭に浮かぶ。
だから短めに切り上げる。
お話上手より聞き上手のが対人関係をよくする、とどこかの雑誌で読んだ。
だから無理して性格を変えようとは思ってなかった。
私は……これでいい。

自室の時計を見上げると、深夜2時だった。
どうりで眠いわけだ。
市原志乃から、また今度お話聞くね。ごめんね、長いこと話し込んでと申し入れた。
話し込んでいたのは専ら峯岸洋子の方だったが、
うん、愚痴きいてくれてありがとうね~『お話』楽しかったよ! と明るい声で洋子は切った。
志乃からは楽しい話は提供できなかった。
うん、へー、そうなんだーしか返せてない。
それでも愚痴を出せてすっきりした洋子はきっとまた電話をかけてくると思う。
市原志乃と峯岸洋子は幼馴染だったが親友ではない。
峯岸洋子の一番仲良しは別の子で、一緒に遊びに出かけるのも別の子だった。
二人はただ付き合いが長いだけの腐れ縁。
幼馴染だったが一緒に遠出をしたことはなかった。ただ、峯岸洋子が素直に愚痴を吐けるのは市原志乃だ。
それがいいのか悪いのかよくわからないが、たまに楽しいときがあれば繋がりは捨てるべきでない。
例え、峯岸洋子の環境が変わり、昔に比べて知らない世界の話が増えて、共感が減ったとしても。
市原志乃は携帯を充電器に繋げて、深夜2時からお風呂に入ることにした。
明日が休みならそのまま寝るが、明日も仕事だった。
最初の方に「明日も仕事なんだーやだー」って洋子には伝えたが後半には忘れ去られていた。
洋子は「明日は幼稚園休みだし旦那さんも休みなんだ。ほんと嬉しい~今週も疲れたねー」と言っていた。

× × ×

市原志乃は、地元の格安スーパーの社員でレジ打ち、品出し、お惣菜、広告作り、なんでもこなしていた。
程のいい雑用である。
朝のレジはいつも長蛇の列。特売日は地獄である。
あとからあとからお客さんが列をなす。
しかも一人一人が大量の品物を積む。
そして割引シールの貼られたものはレジで手打ち入力。勝手にシールを張り替える人もいるので今日の割引セール品は暗記しなくてはならない。
そして今日も偏屈おじさんが来た。無愛想でお金を放るようにして払う。
たまに小銭が地面に落ちる。
それを拾っていると大きな声で、後ろの客が待っとるわ!と怒り出す。
誰のせいで時間のロスをしているのだと怒りそうになるバイト多数だが常連のお客様であることに変わりはない。
それに。
きっと彼は小心者だと思う。
市原志乃と同じで何かを怖がってるだけだと感じる。
市原志乃はこの偏屈な常連が他人のように思えなかった。
手が震えるのが恥ずかしくてお金を放るのだ。耳が聞こえにくいから会話をしたくないのだ。自分のレジが時間かかって後ろからの白い視線に耐えられず怒鳴るのだ。
偏屈な老人なのだから、これでいいのだ。
彼は弱い自分より偏屈な老人をとった。
これでいいと自分に言い聞かせている。
この人は死ぬまできっとこうだ。
人はそう簡単に変わらない。変われない。成長は一生の間に少ししかできない。
成長痛は辛いからだ。今のままが痛くなくて安らかでいられる。変われた先がどんなに素晴らしいかは理解できてるけど、できない。
嫌なことから逃げるのは、もはや本能ともいえる。
みんなが成長や進歩することを怖がらなければ、この世はもっと平和で暮らしやすいだろう。

× × ×

社員休憩室。
長机とロッカーとダンボールの積まれた狭い部屋。そして寒い。
暖房つけても、温まった頃には休憩終わりだ。
レジが並びすぎてずっと立ちっぱなしだった。
交代要員はシフトの都合上いないので、市原志乃はまるで機械のように手を動かすしかなかった。
途中、トイレに行きたくなったが並ぶ客の視線に耐えかねて我慢した。
交代のバイト君が来て、ようやくレジを外れた。
このバイトの高橋君は高校生ながらレジ打ちのプロだ。
常連の人たちはよく知っており彼がレジに入るとそのレジに並ぶ。
市原志乃はたまに、「おばさん、遅いなぁ!」と言われると傷つくのだった。
高校生の若い動体視力と一緒にしてほしくない。
高橋君の速さの秘訣は若さだ。
35才である私と差があって当然。志乃はそう言いたいのをぐっと堪える。別に競ってない。
正確に打てたらそれでいいのだ。
持参したお弁当を寒い部屋で食べる。すると疲れがどっと、出る。
昨日、深夜2時から風呂入って寝たのは3時。
出勤は7時からだった。特売日を侮ってはいけなかった。もう若くないのだと痛感する。
睡眠不足は堪える。
もそもそと一人で食べていると、同僚の設楽さんが現れた。
市原志乃はこの男が苦手であった。
背が高く、威圧的。
無口なくせに、口を開けば指摘事項をあげてくる。仕事の話しかしたことがない。
今回も何か言われると身構えると案の定、彼が口を開いた。
「先ほど、市原さんがレジをした客さんがお釣りが間違ってる、1500円返してとクレームに来た」
「うそ」
さあーと血がひいていく。
眠気のせいだ。しかしそんな言い訳通じるわけがない。
「愛想もないし、お釣りも間違えるし、なにより覇気がないし。鬱か?」
首を振る。
けど、なんだか最近やる気がないのは確かだ。
この生活がいつまで続くのかと、たまにいやになる。
「私は仕事に対してそこまでプライドを持ってません。そこそこ稼げて、そこそこ楽ならそれでいい」
「……」
「友達も幼稚園の子供いますし結婚したいのかも」
「……」
設楽さんは腕を組んだまま、じっと話を聞いている。相槌はない。
ただ、志乃の話を遮らず根気よく聞いている。
「ほんとは旅行にも行きたい。一緒にいて楽な友達と……『親友』を作って遊びに出かけたい」
泣きそうなる志乃。
どうしてこんな話を設楽さんにしてるのだろう。嫌いな部類に入る人に。
恥ずかしくて耳が熱い。
設楽さんは、しばらく無言でいたが、はあ~とため息をついた。
組んでいた腕を外す。
「誰かや何かを一番にしないと、代わりに市原さんも一番になれない」
「どういうこと?」
「全部は手に入らないってことだ。仕事や結婚、プライベート欲張るな。捨てる勇気を持てば何かの一番になれる。そうでなければ選ばれない人生のまま死ぬしかない」
志乃は言葉が胸にささり、何も言えない。
全てを受け流して諦めたように見えて、全部欲しがっていたのかもしれない。
志乃は誰とでも平等に接する。臆病で嫌われることが一番に怖い。
誰かと一番仲良くなりたいと思いながら、誰のことも許していない。
心を許さない相手に誰が心を開くだろう。
彼の言葉にはっとなった。
設楽さんはいちいち、的確すぎる。
志乃が何に悩んでちるのかお見通しと言わんばかりに。
だから、嫌い。
一番嫌い。
ここから動かなきゃ、誰かと深く繋がらなきゃ、このままじゃいけないって焦らすから。
「でも高橋のレジ打ちより、市原さんのレジは遅くても丁寧だ。今日は釣りミスってるけど、お惣菜ビニールに巻くのもそっと置くし、口で何円何円とゆっくり言うし、並んでいても老人が来たら会計後に重いカゴを持って机まで運ぶし……あの偏屈老人にもいやな顔しないだろ」
無口な設楽さんが早口で、こんなに話せるとこ初めてみた。
驚いた目でみてしまう。
そして、志乃はとあることに気づいてしまった。
「設楽さん、私のことよく見てますね」
設楽さんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
それを確認して、志乃も赤くなった。
暖房が効いてきた。
思わず、暑いですねと呟いた。

× × ×

峯岸洋子が、子供を連れてスーパーにやってきた。
レジで並ぶ彼女。
小さな男の子の目が下から志乃を見上げる。
ゆっくり、目を見てその子に挨拶をした。
今、この瞬間に志乃はこの子に全神経を注いだ。愛情を少し混ぜて、一呼吸待った。
洋子の後ろに隠れようとしたけど、ためらってから、その子が言った。
「こ、こんにちは!」
わー、挨拶できたねーえらいねーと褒める洋子。
ただの優しい母親だ。
かわいい。
志乃は二人をみて微笑んだ。
丁寧に仕事をしてみよう。その瞬間だけでも目の前のことは志乃の中で一番になる。
少しでも前に進もう。
「また、今度電話してもいいかな。聞いてほしい話があるの」
峯岸洋子は、いいよ、もちろんと言った。
長い話になるかもしれない。
言いたいことや話したいことが、本当はたくさんあった。嫌われるかもしれないけど、洋子は離れないと思う。
確信してたけど、確認はしたことがない。
一番になるには少しの勇気と、信頼。
相手を許してみたら、信頼できるようになってた。
設楽さんがそうであるように。
洋子の子供がそうであるように。
毎日が一番の連続になれば、志乃は変われる気がした。
全部同時には無理だけど、少しずつじっくり生きていく。
きっと、それは辛くて、焦ったくて、面倒。


なのに、眩しいほどに輝かしい。


おわり。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

▲ページトップに戻る

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。