二番目に好きな人

私が今、一番好きな人は「小笠原さん」だった。
背が高くて、おしゃれで、黒縁メガネがよく似合っていて落ち着いた大人の男性。
職業は歯医者さん。
友人の紹介で知り合ったのだけど、出会った瞬間にこの人を逃したくないって思った。
それはもうヒトメボレというものだ。
ヒトメボレは主に最初の印象で決まるのだけど、彼をよく知るにあたって更に好きになった。
何より私をいっぱしの女性扱いしてくれたのは彼が初めてだったからだ。彼は誰にでもそうする人なのはよくわかっている。
けど、お店に入るときドアを先に開けて待っていてくれるとか、重いものを持ったとき持つよ、と言ってくれるところか、一緒に出掛けたら歩幅を合わせてくれるとか、そういった紳士的な人の免疫がなかった私はころりと小笠原さんに転んでしまった。

定期的に行われる二人だけの女子会。
私の友人「なおこ」によると、そういうのは大人の男性なら結構当たり前で、できるからといってそう簡単に信用していはいけないということだった。
「でもさー、私は早く結婚したいし……」
私はなおこに「いい人だね」と言ってもらえることを期待していた。
今まで、お付き合いした人でなおこに「OK」サインをもらった試しがない。そして、その判断通り、私はいつも良くない男性と縁ができてしまうのだった。
「あのねえ、あんたのそういう結婚したら幸せになれるかもしれない症候群はなんとかした方がいいよ。てっとり早く結婚しても次の悩みが生まれるだけなんだから。ま、悩みのない人生なんてものはあるわけがないのだけど」
「だったら、小笠原さんと一緒に人生の荒波を乗り越えたい」
「相手はどういう態度なの。付き合っているんだっけ」
「たまーに食事に行くだけだよ」
「え?」
「月に一回、あるかないかだけ。今はまだね」
「……なんていうか、十代ならまだしもあんたの年齢でそれは付き合う以前に知人でしかないよ」
「そうなの? 付き合う手前じゃないの?」
「付き合っている妄想ご苦労様。ていうか、そのイケメンで歯医者が彼女もいないで今まで独身なのは何かおかしいわよ」
「バツイチでもなんでもいいよ。私は受け止める」
「はー。好きにすれば?」
「なおこは慎重すぎるんじゃないかな。婚活イベントは参加するのに、そういう身近な人には目もくれないよね」
「婚活には現実を見ている人しか来てないからいいの。周りにいるのは、まだ遊んでいたいだの、結婚に興味ないだの、そういう人たちばかりだもの。少なくとも騙される率は減る」
「疑い深いなあ」
「あんたはもう少し男を疑え」
「なおこもとりあえず結婚したい症候群なんじゃないの」
「違うわよ。私は現実を見ているもの。日常にドラマのような出会いは本当にないの、皆無なの。慎重に慎重を重ねて婚活から探しているだけよ。繰り返せばいつかは見つかるわ。いい、あんたの探し方はあてずっぽうなの」

なおこは呆れたように、そう言ってアイスコーヒーに口つけた。
女子会でよく来る喫茶店。ここのメニューはもう知り尽くしている。
なおこは時計を見て、すくっと立ち上がった。
「じゃ。私は婚活イベント『ここ掘れイモ掘れあんたに惚れた』に参加してくるから。あんたの予約はキャンセルしてあるからね」
「本当にそこに出会いがあるのだろうか……」
地元はさつまいもの名産である。地元婚活イベント。知り合いとバッティングしそうだ。
なおこは前回、高校の部活で科学部後輩、通称「スポック君」と再会。
(※スポック君とはスタートレックシリーズに出てくるキャラクターだ。彼はそのキャラによく似ていた)
お互い、全くタイプではないため、そこに再会ラブは発生しなかったらしい。

今日は夜から小笠原さんと食事に行く約束をしている。
時間になると少し遅れて彼がやってきた。
車から降りて、笑顔で「遅れてごめんね」と言った。
「いいの」
私はいつも小笠原さんと五秒と目をあわせていることができない。
心臓が大きく脈打つ状態をずっと継続するため、体に悪いかもしれない。でもそれで体調を崩しても後悔しない。
小さなフランス料理店。そこまでかしこまったお店ではないため、ラフな格好でもすぐになじめた。
ゆったりとした曲が流れており、雰囲気はある。
お店の雰囲気はいいのだけど、小笠原さんの正面に座るとまるで面接を受けているかのように緊張した。
普通の会話が全くおもいつかない。
本来、私はおしゃべりな方だけど、彼相手だとこうもうまくいかない。
沈黙が好きではないために、彼が話をしてほしいのだけど、彼はおしゃべりな方ではない。
「嫌いな食べ物とかあるの?」
小笠原さんに尋ねられて、ごくんと甘く煮てある人参を飲み込んだ。
「ないです」
「ふうん」
それきり会話が切れる。何か話さないと。何か話さないと。私は半ばパニック状態で「お、小笠原さんに出会う前に付き合っていた人がいたんです」とネタを振った。
なおこによると、今好きな人に別の男性の話をしてはいけないらしい。
しまった、と思ったけど小笠原さんが「どんな人だったの」と聞いてきた。
仕方ないので、私は口元をふいて話すことにした。

「あのですね、普段は優しいんですけど、ときたますごく細かい小言を言うんです。待ち合わせに少し遅れるなら絶対に連絡を入れること、人として当たり前でしょ、って。五分すぎただけだったんですけど心配したとかいうんです。あと、その人は洋楽しか興味ないんですけど、普通のJPOPとか知らない話をしないでほしいとも言われました。歌に限らず興味のないことは聞きたくないって言うんです。あと私は人の目を見て話すのが苦手なんですけど、その人は絶対目を見て話してほしいと言ってきました」
「そうなんだ。あまり目をみない人だなとは思ったけど」
「ごめんなさい。好きな人だと特にそうなんです」
「そう」
目を見て話さない=好きな人、と言ってしまうと、今私は小笠原さんに告白したも同然な気がした。
しばらく沈黙がおりた。
「僕もそうだよ。気があうね」
小笠原さんがそういって微笑んだ。
私はそのとき、顔をゆっくりあげた。胸がひや、っとした。
彼はいつだって私とよく目をあわせて話している。つまり。
「そうなんですね。友達とは目を見て話せるのにね」
「気軽だからね。君とも何も考えずに向き合えるから楽しいよ」

なおこの言葉が頭に響いた。これは俗にいう「知人」扱いだ。
それからの会話は本当に当たり障りのない会話だった。そしていつも通り、また会う約束をせずに別れた。

帰り道。
コンビニによって、温かい飲み物とおでんを買った。
隅の方にある食事スペースに腰かけておでんを無言で食べる。このまま家に帰るより頭の整理をしたいと思った。
小笠原さんは本当に好きだった。何を着ていこうか毎回悩んで悩んで新しい服も新調した。
化粧も新しいものにチャレンジしたし、ダイエットもすこしだけした。そういう自分が好きになれそうだった。
けど、それももう意味はない。告白してないのに見事玉砕したも等しい。
なおこの言うとおり脈なしが確信に変わった。それだけだ。

「マジか。芋ほり行けばよかった?」
「そこにいるのは斉藤ゆかりさんですか」
名前を呼ばれて私は振り向く。私の名前は今更だけど「斉藤ゆかり」といった。
「スポック君?! あなた神出鬼没だな!」
「……数年ぶりの再会なのに、相変わらず元気そうで何よりです」
なおこと私はスポック君とよく科学の実験をして爆発を起こしていた仲だ。すごく充実していた。
懐かしくて目を細める。
「おでん、おいしそうですね」
「でしょ。食べる? まあ、ここすわりなよ」
全く気を使わない相手なので、遠慮なく彼を横に座らせる。少し嫌そうな顔をしたような気がしたが彼は失礼します、といって座った。
「なおこから聞いたよ。婚活しているんだってね」
「親が心配しだしたもので」
「なおこはダメなの?」
「ダメも何もあちらは全くその気がないですよね」
「流石、スポック君! 心が読めるのね」
「何度も言ってますけど、僕はそのシリーズみたことがないです」
「いいの、いいの。ショックうけるから」
「受けるようなキャラなんですか。だったらそのあだ名やめてください。ていうか二人しかそう呼んでなかったですよね」
相変わらず冷静なツッコミだ。私となおこはこのやりとりが好きだった。
「ショックといえば、私も今日は辛いことがあってだねー」
昔からスポック君には目をみて話せた。気を使ってないといえばおかしいのだけど、彼はどんな状態でも受け止めてくれそうだったからだ。自己嫌悪に陥ったとき、感情的になったとき、彼は後輩のくせに冷静なアドバイスをくれた。
実はそれもスポック君と呼びたい所以なのである。
「スポック君なら目をみて素直に背伸びせずに話せるのにね。心臓も落ち着いているし。私、小笠原さんだと呼吸も忘れそうになるの。ゲップとか絶対できないんだから」
「だったら最初から結婚なんて無理ですよね。僕が恋愛コラムを読んだところによると人は一番好きな人より二番目に好きな人と一緒になると幸せになれるそうです」
「あー、それわかるかも。だって、一番好きな人って失うのが怖いから依存的になるし、気を使うし、疲弊度がハンパない」
「でしょ。だから、僕と斉藤さんみたいなのが一番なんです」
「なるほどね。ないわ」
笑って、スポック君の背中を叩く。彼はむせた。
それから懐かしい話や近況報告をして、コンビニで一時間くらい話していた。
話そうと思えばもっとおしゃべりできそうだったけど、コンビニは居づらいのでそろそろ席を立つことにした。
彼は去り際にさっと、メモを渡してきた。
「これは僕の携帯の番号です。辛いことがあったら相談にのります」
「ありがとう。持つべきものは後輩だね」
遠慮なく受け取る。
辺りは暗くなっていた。明るいコンビニの明かりが二人を照らす。スポック君は体つきが昔よりがたいが良くなっていた。
背も伸びたかもしれない。
手を振って、反対の方へ歩み始めた私の手を彼がとった。
「なに?」
顔が近い。流石に、こんな近くで目があうとドキッとした。一瞬だけ。
彼はいつも通り冗談を言うでもなく真面目な顔で言った。
「高校の頃、僕は斉藤さんが一番好きでした。今もそうです。だから話しているだけで緊張しました……やっぱり一番好きな人と一緒になりたいです」
「あなたは私の中では二番目でもないわよ」
「何番目ですか」
「わからない」
がっくりしたように彼がうなだれる。私は少しいじわるをしたような気になって言い直した。
「また電話するから」

感情を滅多にあらわさないスポック君が目にみえて表情を輝かやかせた。
どう考えても爆発しない実験をいかに爆発にもっていくか悪巧みをするなおこの隣りにあった顔。
彼は真面目だったのに先輩二人によって少々、遊び心をもつようになった。
「絶対にください」
大声で言う彼に片手をあげて返事をする。小笠原さんとはもう会わない。そんな事実なんかどうでもよくなっていた。
思えば。ドキドキの裏に少しばかりの憂鬱をはらんでいたことを思い出した。
体調が悪くても彼に会うことは断れない。
肌が荒れててもなんとかごまかして変化していく。
会いたいけど、会いたくない。

――そんな気持ちから解放された私の足取りはとても軽やかであった。



おわり。
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はじめまして

はじめまして。
月並みな感想で申し訳ありませんが、とても楽しかったです。
病の都合で、すっかり小説と離れていました。
やっぱり小説は楽しいなぁ、と改めて思いました。
そんな風に思える作品でした。

Re: はじめまして

くみこさん、初めまして。
コメントありがとうございます!
私の文章が誰かの心にほんの少し残るだけで、書いたかいがあります。
くみこさんは最近、文章を書かれていなかったということですが、気軽な感じで今考えてることなどを書いてみるといいと思いますよ。
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