悪い女

「あなたに私はふさわしくなんかいないわ」
腕をくんで目の前の男にそう宣言した女は、とても身なりが派手だった。
長い背中まである髪は内巻き、体にフィットした真っ赤な色のワンピースの丈はとても短く、長い足先のヒールも服と同じく赤であった。身に付けているアクセサリーは全て男が女に贈ったものだった。
レストランの照明に照らされたそれらが女を更に輝かせる。
「どうして、そんなことを言うんだよ。いったい、俺がいくらあんたに貢いだと思っているんだ」
「ほかのお客さんに迷惑よ。大きな声で騒がないで。贈り物はあたしが欲しいって言ってないわ」
「だったら、どうして指にはめてんだよ、首からぶらさげてんだよ!」
ついに男がテーブルを叩いた。
周りの客は、眉をひそめてこちらをみている。
「店員を呼ぶわよ」
「呼べばいいだろう!」
男は水が入ったグラスを女にかぶせた。
女は、水をかけられても悲鳴をあげなかった。姿勢を崩さす、男をまっすぐに見る。
前髪から雫が落ち、マスカラのついた長い睫に当たった。一度、目を閉じてからゆっくり女は言った。
「気がすんだ? さよなら」
舌打ちして、男が席をたつ。
ひとり残された女にすかさず店員がタオルを持ってきた。
それを受け取って微かに顔を拭いてから、女も席をたつ。
「ごめんなさいね。うるさくして。もう帰るから」


食事代を二人分払って、女は外に出た。
白いものが視界を横切る。
空を見上げると雪が灰色の空から降ってきていた。
冷たい風が女の濡れた髪を揺らした。
雪が混じる風に身を任せながら雑踏を行く。濡れた体に冷たい風は堪える。
それでも暖かな店に入ろうとも、タクシーを呼ぼうともしなかった。
今までの男との思い出に浸る。
贈り物は素直に嬉しかった。だからすぐに身に着けた。でも、それがいくつもバイトをして稼いだお金で買ったものだと知ってから心苦しくなった。男はいつも完璧な身なりをしている女をほめた。
女を着飾るが好きな男だった。服や靴も贈ってくれた。
もういらないと言えば男はきっと愛が冷めたと勘違いするだろう。
言葉にしても伝わらないかもしれない。
それならいっそ、悪い女だった、縁がきれて良かったと思わせるのが一番だ。
女は目頭が熱くなるのを感じていた。
寒いのに、顔が暑い。

白い息に冷たい雪が絡まる。
早く家に帰ってあたたまりたい。けれど、女は「悪い女」なのだからと、雪が降る街をあてもなくさまよう。
心が冷えていくように。それは自分に対して与える小さな罰だ。
体の芯まで冷えて、風邪でもひいてしまえ。

半ばヤケクソ気味に女は思った。
頭の上に雪が少し積もっていく。いい気味だ。
悪い女。




おわり。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

▲ページトップに戻る