意思共同体国家。

空には車が飛ぶ時代にはなった。
しかし、車を持って働いている人なんてものはごく稀だ。ロボット産業が盛んになり、人間の苦手な作業をとって代わってこなすようになった為、会社に通う人たちは少なくなった。自宅や共有スペースで仕事をこなすために車は必要がない。

「戦争が近々起きてしまうようですね」
建物の塀に背中を預けて座る少女が、同じようにうつろな目で座る老人に話しかけた。
少女は黒いワンピースをまとっていた。道に投げ出された細い足は片方があらぬ方向に折れていた。
老人も深く帽子をかぶり、穴のあいた靴を履いている。ジャケットから見える手首は片方だけであった。
ひげを伸ばし放題な老人はうなづいて空を見上げた。
「……戦闘機が飛んでおるな」
老人の言葉に、少女は車よりも騒音を巻き起こす戦闘機を見上げなかった。
高層タワーから人々が窓をあけて日の丸を振っている。
笑顔で嬉しそうだった。
「お前さんはいつから『国民の義務』を受けてない?」
「わかりません」
国民の義務、とは年が変わる前に国税局へ行って税金を払い、『新しい体』の支給を受けることだった。
ロボット産業の発展によって、医療技術よりもロボットの体を人間に利用する技術が早くに向上した。
最初は富裕層が部品を交換するかのようにぼろくなった体の部位を交換していたが、そのうち国家が変わって税金を払った者に毎年支給するようになった。
一年、人間らしく年をとったと想定した体付きである。
新年を新しい体で迎える、それが定番となった。
「足が折れておるぞ。儂も人のことは言えんがな。金がない奴は滅びろってことかね」
脳の情報を新しい脳にデータ移行するだけで、その日から新しい体が本人となって一年を過ごす。
古い体はデータを消去され廃棄処分だ。
当然、税金を払えない者は新しい体の支給はない。
「あたし、親に捨てられたんです……ずっと昔から体を交換してません」
「金があったら交換したいか」
「もちろん」
「……ふむ。儂はあまりおススメせんがな」
老人はジャケットの胸ポケットから器用に口だけでパイプをくわえた。
火はついていない。
「見ろ。戦争が始まるっていうのにみんな何の疑問ももっとらん。異論を唱える者もな」
「どうしてかしら。戦争は怖いものだと聞くのに」
「おおよそ、国から支給される新しい体とやらに洗脳のチップでも混じっているのさ。国民の義務で体が支給されるようになってからどうもみんなおかしくなっちまった。儂だって何度か交換した。だから交換した時点で本当の魂を持った自分は死んじまったのかもしれん」
寂しそうに老人が言ったので、少女は思わず隣りをみた。
老人の瞳から透明な雫が流れた。
「全くよくできた体だ。涙まで流れて――」
泣いている老人に少女は何と言葉をかけてよいかわからなかった。
彼はきっと体が欲しくて泣いているのではない。
人が何かを忘れてしまったからだと思った。
本物のデータを請け負っただけの機械の自分が推測した感情だが、老人だって納税した過去があり魂は捨ててしまったのかもしれない。
戦争万歳と考えてしまうチップはここ数年の間に埋められて支給されたのだろうか。
それともこの老人の妄想でしかないのか。
みんなが新年を楽しそうに、日の丸を振って過ごしている。少女はそれの仲間入りをしたいはずだ。
紙吹雪が飛んでいった。

みだれる色とりどりの紙片と戦闘機。歓声と騒音。
ひとつの目的に向かって同じ考えを持つように誘導された国。だとしたら恐ろしいことだ。人との間に考えの違いがあるから弱い者いじめや戦争が起きてしまう。
同じ考えなら平和――でも他国に敵意を向けている。
国が一丸となって、戦おうとしている。

ここで朽ちて死ぬのは怖い。
でも老人の話を聞いたあとではあのように笑って旗を振る人々にはなりたいとは思えなかった。
新しい体で今の魂を捨ててしまうのなら、このままでいい。

道を行く人がまるで汚い物を見るような目で眺めていった。



おわり。



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