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夜のラーメン。

『洋子ちゃんっておもしろくないね』

そう言って別れを告げてきたのは、私の24年間の人生で二人目となる。

今がそのときで、その前が高校のときの彼氏。サッカー部でキャプテンをしててモテていた彼は、同じく顔が綺麗なだけで(自分で言うのも何だけど)モテていた私を『好きな人ができた。その子とは話してて楽しいんだ』と言って一か月で振った。

隣りに侍らすのは良い彼女だけど恋愛はできない女……それが私に張られたレッテルだった。
けれど、整った顔のせいで周りに男性が絶えたことがなかった。
人はみんなとりあえず目にしたものを好きになってそれから中身の吟味に移るのだろう。
それなのに今までに二人しか彼氏ができなかったのは私が話してみて面白くなかったからそれ以上踏み込んでこなかった男性が多数だからだ。

私がどうしてつまらない女なのか検討してみた。
それは女手ひとつで私を育ててくれた母のせいもあるだろう。母は片親でも他の家庭の女の子のように遜色ない淑女に私を育てあげることに情熱を注いでいた。
いや、もしかしたらそこらの女の子よりよっぽど躾が厳しかったと思う。

まず夜9時には眠ること。美肌を維持するためだ。
テレビはニュースと母が決めた番組しか見れない。悪い言葉使いや考え方を植えつけられるからだ。
漫画は基本的にサザエさんのみ。「ワンピース」がどういった話なのか知らない。
お酒は体に悪いから飲ませてもらえない。
だから飲み会には参加したことがない。
携帯は夜に母のチェックが入る。交友関係でおかしいところがないか確認するのだ。
メールで友人として適さないと判断された子はアドレスから名前を消去する。付き合いもその日よりなくしてしまう。
音楽はクラシックのみ聞いてよい。
演歌も一部なら可。

そして、それらを私はどこも変だとは思わないのだ。
周りの人たちにそれを言えばみんな「おかしい」「変だ」としか言わない。母の拘束から逃れるべく一人暮らしをしなさいという人までいた。
自由、ではないのだと口をそろえてみんなが言う。


私はとある企業の受付嬢をしていた。顔だけが取り柄の私には、ただ頭を使わず笑っておればよい仕事は適していると思えた。

「洋子、帰りにラーメン寄る? 彼氏に振られたんでしょ」
「ええ。でもいいのよ。寄り道して帰らないことにしているの」
「そう」

社交辞令的に誘ってくれただけだろう。一緒に座っていた女の子は他の社員の女の子たちと一緒に帰っていった。
私はいつも一人でまっすぐ帰宅する。
その女の子が帰ってから暗くなった会社に面倒なアポイントなしの客が来てあちこち電話して何とか担当の人をみつけるという出来事があったが誰も私を褒めてはくれない。
私は焦りとかそういうものが顔に出ずそつなく仕事をこなす受付嬢なのだった。
ここではそういうレッテルだった。

今日もいつもと同じように受付の机周りを雑巾で拭いていると、私よりいくらか年上の男性社員が声をかけてきた。

「いつも君は偉いな!」
「……はあ」

何が偉いのかわからず気のない返事をする。男性社員は背が高く少し見上げる形となる。夕方にしては元気で溌剌とした表情をしている。その元気が暑苦しいと思う人もいるかもしれない。

「後片付けはいつも君じゃないか。他の女の子みたいに遅刻したことがないし、朝にむくんでいることもない。自己管理がちゃんとなっている証拠じゃないか」
「よく観察していらっしゃるんですね」
「夜は何時に寝てるの?」
「9時です」
「え!? それ本気!? 子供じゃあるまいし」
「母の言いつけです」
「っっっかーっ!! それじゃあ夜に行くラーメン屋の味を知らないのか」
「ラーメンを基本的に食べません」
「じゃあ、今度一緒に食いにいこう。この前おいしいラーメン屋をみつけたんだ」
「行けません」
「行けるよ。二本の足があれば」
「ラーメンほどカロリーの高い軽食はないと思います。それを夜に食べるとは自殺行為です。母の受け売りですが」
「家庭の医学の観すぎだよ。ときどき、人は「ダメなこと」を許さないとやってけないんだよ。妥協とかじゃないけどさ。でも今生きている長寿の老人たちがみんな夜にラーメンを食べたことが無いって言ったら嘘だろ?……つまり、今日だけラーメン食べても食べなくても君は綺麗だと思うよ」

なんだか妙な理屈だ。でも一理あるような気が私はしていた。

「どうして、そこまでして私を誘うんですか」
「だって、ほら。泣きそうな雰囲気しているからね」
「……私が?」

頷く男性。
この人は私が振られたことは知らないはずだ。定時勤務が常の私と接点がまったくない。
定時に帰ることがなく、いつも夜遅くまで残業して日中は外出していない。だから名前が思い出せない。

「まあ。いいや。また今度気が変わったら行こうよ」

あっさり引き下がる男性。本当に気まぐれに声をかけたに過ぎないのだ。

名前。

私は明日、同僚に確認しようと思った。
結婚していなければいいと切実に願う。

いや……思い出した、彼の名前は確か但馬さんだ。位は課長。
明日じゃ、遅い。もう彼は誘ってくれないかもしれない。

「但馬課長っ!待って下さい! あ、あの、ラーメン食べに行きましょう……今から!」
「お。悪の道に染まりますか。では行こう行こう」
「はい!」


会社の帰りにラーメン屋。
私は少しだけ母の作ったルールを破ってみることにした。



「にしても初めて見たよ。君も焦って人を呼び止めることがあるんだ……洋子ちゃんて、おもしろいね」
「おもしろい……?」

この私が。但馬課長の言葉に私の胸は少しだけ温かくなった。
洋子ちゃんと名前を呼ぶのも普通に受け入れることができた。

私は初めて人と話すのが『おもしろい』と感じたのだった。




おわり。










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