シュガータイム

小川洋子さんの初期作品、らしくない箇所とらしい箇所と今の作品と比べるとおもしろいと思います。


古本屋で購入してゆっくり読んでいた、小川洋子さんの「シュガータイム」ようやく読了いたしました。
小川洋子さんは「余白の愛」から好きになった作家さんで昔の作品は古本屋さんで見かけたら買ってみることにしています。内容をあまり見ずに買ってしまいます。俗にいう「作家買い」というやつですね。
あと作家買いは「秋田禎信」先生や「乙一」先生や「壁井ユカコ」先生とかあげられます。これらの作家さんはラノベから文藝(?)まで色々書いているわけですがジャンルわけしにくい作家さんたちですねー。まあ、とくにかく「おもしろい」作品を書く方々です。

話がそれましたがこの「シュガータイム」やはり、初期作品という感じがしました。随所に小川洋子さんらしい不思議な描写が散りばめられているのですが「らしくない」箇所もあります。
小川洋子さんは現実を描きながら非現実にいざなうのが得意な作家さんですがこの作品はまだ地に足がついている(わるい意味で)気がします。
内容をざっと説明いたしますと、主人公(女子大生)はある日を境に食べ物にすごい執着してしまい、食べても食べても物足りなさを感じるようになっていた。そして、その日食べたものだけを記していくという日記をつけはじめる……その間にも付き合っていた彼氏と別れたり、障害を持った弟が出てきたり、真由子と一緒に夜中に食べれるだけ食べてみたり、ケーキ作ったり、する。
つまり、青春ものなんですね。

これで「お? 珍しい」と思ったのが親友の真由子。彼女は不思議な存在でもなんでもなく普通の親友だった。友達が悩んでいたら電話で聞いてあげるし、夏休みには帰省したり、一緒に彼氏がもしかしたら付き合ってるかもしれない女性の家を探してくれたり……。元気な親友。なんだかしっくりこない。
他の作品にこのような人が出てきてくれたらどんなに安心するだろうか。妙に安心してしまうキャラだった。
しかし、小川洋子ワールドではその安心感はいらない、気がしないでもない(笑)
らしいのは、主人公と吉田さん(彼氏)吉田さんはつかみどころがない。はっきりしない希薄なキャラ。考えがあまり読めない。小川洋子さんの作品に描かれる男性陣はそんな感じだ。
主人公も暴力的な食欲のせいで、らしいキャラとなっていた。
簡単に想像すれば「失恋しそうなので食べ物で心を埋める」ためにそうなったと考えるのが自然だろう。
それに関しては追及しておりませんでしたが、それは言葉にしなくてもいいことだと思います。

解説で林真理子さんが書いておられましたが「わたしたちのシュガータイムにも、終わりがあるっていうことね」という最後の締めくくりは余計である。作者は自分の「へん」に腹をくくっていなかったに違いない……にはなるほど、と思いました。
小川洋子さんは意図するものを言葉にしない。変は変のまま終わっているのにこれではタイトルの意味を指し示している。
でも、このころから片鱗は見えてきている。
また、過去作品をあさってみようとは思いました。


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