悲しみの伴わない死

「殺し屋とはつまり、悲しみの伴わない死を請け負う仕事だと思います」
「……」
横を歩く男は満面の笑みを浮かべている。一見、人のよさそうな笑み。
だが、この年齢不詳の男は「仕事」を持ってくる、手配者だった。
「だって、そうでしょう? 殺してくれと金を積んでまでお願いされて殺す相手の死が特別だと思いますか? 思わないでしょう? だからそんな暗い顔をする必要もございませんし、ましてや罪を償うために辞めようとか思うこと自体、おかしな話です」

殺し屋の青年は目元まである前髪の下から横の男を一瞥してから再び前を向く。
人々が行く雑踏の中。他人にこの会話を聞かれるのではないかと思ったが、他人というのは他人に無関心な生き物らしい。この手配者の男が仕事を持ってきて会う場所はいつだって人々の雑踏の中だった。
歩きながら話す。

「もし、辞めようと思えばどうしたらいい」
「……」

青年の言葉にそれまで饒舌に話していた手配者の男は顔は笑ったまま無言となった。
そして横を並ぶ青年にゆっくり顔を向けた。上質なコートを身にまとった裕福そうな男性だと他人は思うだろう。
しかし、いつも笑っているこの男が無表情になると、とても一般の生活をしているとは感じられない。
闇の世界の住人、そんな陳腐な言葉が浮かぶはずだ。

「あなたは、なにをおっしゃっているんです?」
「――最近、思う。悲しみの伴わない死なんてない。誰かが死ねば誰かが泣くはずだ。不必要な人間などこの世にいない」
青年は臆することなく言った。青年は痩せており、目元にはクマ、前髪に隠れているが年齢にはふさわしくない眉間に皺が時々現れる。同じ年齢の青年では考えられないほどの疲労に満ちた顔をしている。
手配者の男がくく、と喉で笑う。

「まるで宗教家のようなお言葉ですね」
「普通の話をしている」
「いえ。私にはまるで説教のように聞こえます。悲しみの伴わない死を望んでいる方が大勢います。その方々を救うのが我々の仕事だとしたら宗教家とは話がすこし、合うのかもしれませんがね」
「殺す以外に選択肢はないのか」
「ありませんね。どうしようもない人間は蛆虫のようにあとからあとから湧いてきています。一旦は駆逐できても、一掃はできないでしょう。この世界があり続ける限り、永劫に。だから、まあ我々の仕事は尽きることがないというわけです」
「……」

埒があかない。青年は手配者の男を置いて去ることにした。手配者の男はその場で足をとめる。
「ごらんなさい。チャリティーコンサートをされていますよ。オーケストラの生演奏!」
時計塔の真下の広間でオーケストラが楽器を各々携えて、クラシックの演奏をしている。
人垣の中へ手配者の男は消えていった。
青年は、舌打ちをした。まるでふつうの人のように音楽で感動できるのにどうして彼は人の死を軽んじるのか。
いや、自分だって少し前はそうだった。

もし、少女が死んだら。殺されたら。

そう考えるだけで人の死を簡単に切り捨てることができなくなった。
一人、路地裏を歩きながら男は再び、舌打ちをした。




楽器の奏でる旋律が遠くから微かに耳に届いた。



おわり。
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