金曜日夜7時半の人々

塾でのテストの点数は最悪だった。
風間は電車のつり革を強く握りしめた。あんなに勉強しているのに、どうしてだろう。
帰ってアニメでも見よう。みんなに秘密にしているが彼にはプリキュアやおジャ魔女などの女の子向けアニメを見る趣味があった。
このことは母親にも教えていないし学校にはそんな趣味を話す友人がいない。
県内一の進学校でクラスで心許せる友人を作れないのは自分だけではない。みんな、同じだった。
塾と高校の往復。
窒息しそうだった。

電車から下りて家までの足取りが重い。母になんと説明しよう。このところ全く成績が芳しくない。
このままでは志望大学を変更しなてくはならないかもしれない。
ふと、顔をあげると幼稚園の頃みんなとよく遊んだ公園が目に入った。彼は懐かしくなって公園に足を踏み入れる。
学ランを着た少年が丸い遊具の上に腰かけていた。その後ろ姿に見覚えがあった。
「しんのすけ……」
少年が振り向いて手をあげた。
「よぉ。風間くん、久しぶりぃ~!」
笑みを浮かべて遊具から降りる。
「なんだよ、疲れた顔してー。彼女できた、トオルちゃん」
「お前、この前会ったときも同じ質問をしていたぞ」
「俺は、今日フラれちゃってさあ。慰めてよ」
べたべたと人の肩にもたれかかってくる癖は変わっていない。
風間は鬱陶しそうに距離をとった。
「いいよな、お前は気楽で。僕は今大変なんだからな」
「いつも大変って言ってない? 今を楽しまないと損だ」
「僕は蟻とキリギリスの蟻でありたいんだ」
「蟻でありたいって寒いぞ」
「揚げ足をとるな! 今のをギャグととらえる方こそ親父ギャグ思考なんだよ」
「怒ったトオルちゃん、かわいい」
「………」
昔からこの調子だ。風間はどっ、と疲れてきて公園を去ろうとする。
すると、しんのすけが何気ない風に言った。

「風間くんは将来何になりたくてそんなにがんばってんの?」
「――え」

すぐに答えが出てこなかった。腕を頭の後ろにくんでしんのすけは真っ直ぐこちらを見つめていた。
昔から変わらない、丸く澄んだ黒目。
「僕は……」
鼓動が強く脈打った。
夕日に照らされたしんのすけが、ふいに表情を和らげた。
「まあ、いいや。俺もわかんねぇし。でも、またマサオ君とネネちゃんと、ぼーちゃんと一緒にメシでも行こう。みんな風間くんに会いたがってたし。いつも塾塾、ほんと空気よめないよねー風間くんは!」
「悪かったな、空気よめなくて!」
なぜだろう。少し、元気が出てきていた。
でも、それを知られるのが恥ずかしくて、思いついた嫌がらせをする。
「あ、アイちゃんだ!」
「げ」
すぐさま、いやそうな顔になり後ろを振り向く。彼は幼稚園の頃から酢乙女あいちゃんに気に入られ執拗に迫られている。美人なのに、しんのすけのタイプではないらしい。
「ははっ、ひっかかったー!」
「冗談きついぞ……」
そのまま、公園を後にする。

風間の足取りは少しだけ軽くなっていた。
しんのすけの言うとおりみんなとごはんを食べに行ってもいいかもしれないな、と思っていた。
そして、それまでに僕が何のためにがんばっているのか考えてみよう。

夕日が今にも沈みそうで夜が近づいている。東の空には星々が輝き始める。
僕は、まだ大丈夫だ。


『早く大人になって綺麗なお姉さんと結婚するぞ』

しんのすけの夢は叶えばいいと思った。



おわり。
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