誰かのために泣ければいい。

ひゅんっ、とワイヤーが風を切る音がした。
殺し屋の男はよけたと思ったが一瞬後に頬から微かな痛みを感じた。

標的には同業者の者、つまり殺し屋がついており対戦となった。暗闇の中、二人の男が争う。

「仕事中に死ぬのは本望だろう? どうせ永らえてもロクなことなんか無いさ。俺が殺してやるよ」

相手の殺し屋が笑いながら言うのに対し、もう一人の殺し屋は黙ったまま考えていた。
こちらの方が分が悪い。それに自分の方はというと、数日前にわき腹を怪我をしており体調は万全ではなかった。

殺される。そんな予感がするのに対し、恐怖は起こらない。
それどころか、頭が冴えていく気さえする。

冴えた頭でひらめいたのは。

「何!?」

部屋に眩しい光が満ち溢れる。
追い詰められていた方の殺し屋が懐から出した物体は目くらましだ。

ワイヤーを武器とする殺し屋は相手の殺し屋のことを良く知っていた。
知っていたなら、この展開は全く予想のできないものだった。
彼は仕事を果たさないまま逃げない。
逃げるくらいなら死ぬだろうと言われていた。
――殺し屋の男は、目をつぶったまま笑った。






アパートの部屋に戻った殺し屋は倒れこんだ。
ここへ戻れないと思った彼は、初めて逃げた。

後悔はない。後悔はないが、混乱していた。
どうして、こんな選択をとってしまったのだろう。

昨日の傷が開き、血が床に流れている感触を感じた。そこへ慌てて少女がやってきて、何事か叫んでいる。叫びの内容が聞き取れなくなっているのは、意識が遠のきかけているのだろう。
冷静に分析しながら殺し屋は半眼の目で少女の顔を見上げる。
近くにある少女の顔は泣き顔で、涙が頬を伝う。

誰かのために泣いている。それは今まさに自分のためなのだ。
自分のために泣く少女を見て、殺し屋もまた、誰かのために泣ければいいと思った。


誰かのために流す涙はとても尊い気がした。

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