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スナフキン症候群

「・・・・・・でさ、つまりのところ孤独っていうのは二種類あると思うの。例えば、あなたは一人旅をしています。賑やかな通りを一人で歩く、美しい景色の感想を言う人も連れず、電車に乗っても誰もあなたを知らない。そう、あなたを知る者は誰もいない。そういう孤独。
 もう一つは、そうね。あなたは学生で明日からは夏休み。HRが終わってみんな夏休みの計画をたててて、賑やかなおしゃべりが絶えない教室にいるの。けれど、あなたにはそういう友達がいない。早くこの教室から出て行って誰とも会わない毎日へと飛び出したいと考えている、そういう孤独。
 まあ、大抵の人が旅人の孤独を選ぶでしょうね。ちょっと後者はたとえが暗すぎたかしら。ちょっと設定を変えるわ。
 あなたはパーティー会場にいるの。連れ合いはいないわ。壁にもたれてグラスを傾けている。パーティーは半分ビジネスをかねていて、みんな偉い人にこびへつらうので大変そう。でも、あなたはその必要がないの。ただ、そんな人々を遠巻きに見ている、そんな孤独。
 どちらが好みかしら。
 え、そもそも孤独が嫌だ? あなたは寂しがりやなのね。まあ、私は人が嫌いというわけでもないから旅人の孤独がとても居心地がいい。後者にもあるけれど、そこには自由があるのよ。私を知るものはいない。私ね、結構自分という人間が嫌いなの。好きになろうとはしているのよ、ただちょっと自分をまとう世界から抜け出したいってときがあるの。旅先では、私は他者から見ていつもの「私」じゃない。というより、私に見向きもしない。旅先で気がむけば新しい友達をもしかしたら作れるかもしれない。自由よね。
 別に今、私をとりまく世界が自由じゃないっていうわけじゃないの。ただ、あるでしょ。ときたま、孤独に浸りたいとき。
 それは帰るところがあるから、言える贅沢なんだけどね。本当の孤独じゃないの。後者のパーティーだって真の孤独じゃない。閉鎖的な人間関係の中で付き合うべき人をみつけようとしていないだけであって、その人が他者を知る機会はたくさんあるの。
 ごめんなさい。孤独には二つあるって言いながら「真の孤独」が例にあげた二つにあてはまらないなら三種類あることになるわよね。
 真の孤独って何かしら。前ね、テレビでやっていたんだけど二十年前、交通事故にあった人がいてその人は病院から脳死していると宣告を受けた。でも、最新の脳派のスキャンで見たらその人の脳波は普通の人と全く変わらなくてその人は動けないけれどまわりの音が聞こえているし、考えもできるって言っていたの。それまで、その人の前で看護婦が「もう駄目だ」って言ったり内緒話をしていたのも聞いていたことになるの。それって本当の孤独よね。自分の体にとじこめられているの。
・・・・・・それは、きっと絶望的なことだわ。

 それでも、私は孤独って好きなの。かすかな孤独。自分だけがかみしめることのできる孤独でないと周りも知っている周知の孤独は、恥ずかしい気がする。あの人は孤独だ、と知られたくない。見栄っ張りなのね。きっと」


彼女の呟きを聞きながら僕は別れ話かな、と思った。
冷たい風が吹き、彼女の長い黒髪を揺らした。しばらく彼女が黙っているので僕はとりあえず咳払いをした。

「君がひとりでショッピングしたいとか、今はメールも遮断したいとか、旅にひとりで行くって言ったらとめないよ。でも、誰かがいる、そんな孤独がいいんだよね。僕は・・・・・・ずっと待つから。孤独になって飽きたら帰ってきてくれ。お願いだ」

彼女の瞳が濡れている。どうして、彼女はそんな難しいことを考えるのだろう。僕がいけないのだろうか。自由を好む彼女にべたべたしすぎたとか? あれこれ考えている僕の思考を彼女のすんだ声が遮る。

「春まで待ってくれるかしら」
「・・・・・・わかった。でも、絶対僕のもとへ戻ってくるんだぞ」

 花々のほころぶ音がもし聞こえたならば、僕は「春が来た」と言って喜びながら君の元へ急ぐだろう。それまでは、冬眠するかのように毎日を過ごすに違いない。
 僕は孤独が好きじゃない。


そんな君といるのが好きなんだ。



おわり。
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