見終わってしまった・・・。

何がって「風の絵師」ですよ。途中までDVD借りたものを見ていたのですが母がDVDBOX大人買いをし残りは今日一気に見終わりました。
見ている間は「長いなあ、早く見終わらないと身がもたない」と考えていたのですが見終わってしまえば「もう見終わってしまった。これから何を楽しみにしていけばいいんだ」とチャングムの誓いを見終わってしまったあとのようなベルバラを連続で見終わったあとの空しさが・・・。楽しめた作品の最後を見終わる、読み終わるということは誰かが去ってしまうかのようですね。まだキャラクターたちの声とか表情が脳裏に残っているのにね。彼らはもう平和になってしまったのさ。

ところで、昨日はその合間に「落下の王国」をいう借りてきたDVDを見ました。なんか賞とった作品みたいですね。
内容はというと、

『映画のスタントマンをしていたロイは、撮影中に大怪我を負い半身不随となる。挙げ句の果てに主演俳優に恋人を奪われ、自暴自棄になっていた。

そんなとき入院中の病室に現れたのは、オレンジの収穫中に木から落ちて腕を骨折した少女アレクサンドリアだった。ロイは、動けない自分に代わって自殺するための薬を少女に盗ませようと思い付き、アレクサンドリアに作り話を聞かせ始める。それは、愛する者や誇りを失い、深い闇に落ちていた6人の勇者達が、力を合わせ悪に立ち向かう【愛と復讐の物語】。しかし、少女を操るためのたわいない寓話は、いつしか少女に希望を与え、やがて自分自身をも救う壮大な物語へと広がっていく…。』
ウィキペディアより引用。

つまりロイが少女に話して聞かせる冒険譚と現実のシーンが交互にすすんでいく。そんな映画です。物語を人に聞かせながら考えていくのってもちろん現実の都合が反映していくものですよね。現実の人物をキャラクターになぞらえてみたり、物語を終らせたければキャラクターを死なせてみたりするんです。私は物語を考えているとき現実の気分が反映しているのかしていないのかといえば反映していると思います。暗いときに明るい台詞があまり出てこない。元気なキャラもなんだか元気が無い。反映させてはいけないと思うのですがどうしてもその傾向があるようです。
でも、気の向くまま怒りをそのままぶつけたり悲しみを上乗せしながらロイが話してきかせているのを見て自由な冒険譚もいいのかもしれないと少し思いました。
この映画自体、適当な冒険譚が中心なのに物語の符号と現実での符号が最終的に一致していくのはすごいなと思いました。



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