手にしてしまえば、惜しくなる

「君のためなら死ねるよ」

・・・・・・この言葉を聞いた瞬間に彼女はこの男と別れようと考えた。
彼女の横でまどろんでいる男と一緒にいる理由は、唯一つ『後腐れがない』ことだけで特にこの先の関係など考えたことなどなかった。
男もこのお互いの過去や未来に干渉しない、二人の関係が良くて自分と一緒にいると思っていたのに。
彼女は、ため息をつく。
自分と彼の間に考えの相違があったのだ。

別れの言葉を告げようか迷っていると、男が隣りで囁くように続ける。

「君が殺し屋をしていることは知っているよ。それでも君が好きで、きっと君のために死ねる」

知っていたのか。隠していたつもりだが、独自に調べられていたらしい。
――彼女は無言で起き上がると、そのままベッドを後にした。




そのことを殺し屋仲間である奴に愚痴ろうかとアパートを訪れ、ドアを開けて彼女は目を見開いた。

「何、その子」

年の頃は12、13歳くらいだろう。殺風景で、汚いアパートの部屋にはそぐわない金髪の少女がテーブルを囲んで、これまた少女にあわない陰気な顔をした青年と食事をしていた。

ドアを閉める。

「・・・・・・前のターゲットの子ども」

ぼそりと青年が呟いた。
彼女は眩暈がして傍にあったスプリングの弱いソファに腰掛ける。

「それって、あんたがその子の親を殺したってことよね? 何、償いでもしようっての?」
「そうじゃない」
「だって、そうでしょ? どうして今更、孤児をひきとったの? その子、あんたを恨んで」
「大丈夫、あたしは」

少女が彼女の声を遮る。

他人のことなど干渉したくもないし、されたくもないけど同じ殺し屋として自分が殺した相手の肉親を預かるなど正気じゃないと考える。
それに、少女が大きくなってようやく自分が一緒に暮らしている奴のことを憎いものだと認識したとき、そのとき寝首をかかれるのは彼だ。

今すぐ、殺すか施設に預けるべきだと言おうとしたとき。

「俺は彼女になら別に殺されても構わない」

その台詞に息が詰まる。簡単にお前がその台詞を吐くのか。

怒りがこみあげる。何故なのかはわからない。
羨ましいのか。こいつが腑抜けになったからなのか。殺されるつもりなどないのにそんな嘘を、と思うからなのか。

「あたし、あなたを殺さないよ。パパは別に好きじゃなかったって言ってるでしょ」
青年は少女の言葉に静かに頷いた。
少女はスープをすする。何気ない会話のようにしているが殺すとか殺さないとか、この少女にも得体の知れない苛立ちを感じる。

「私は、誰かのために死ねるなんていう台詞が嫌いなの。まるで空想的で」

ドアノブに手をかける。
去りかけたとき、青年が告げる。

「どうせ、人は死ぬんだ。誰かに・・・・・・すがってもいいんじゃないか」

ドアを閉める。
きっと、彼は殺し屋を続けられない。

あんなに人間らしくなってしまった彼に血のかよった人を殺し続けることは重荷になっていくに違いない。私たちは無機質なナイフであり続けなければならないのだ。
武器に、誰かの想いなど必要なくて、また愛することも必要などなくて。

ただ、心を研ぎ澄まして耳を塞いで・・・・・・考えるのは止めればいい。
そうでなくては、いけないのだ。


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