さよならメッセンジャー

あと数時間後には、来年になる。
所長が言った“ご褒美”とやらをもらうためにはルールがあるらしい。シジマは本来なら迷信ごとは信じないたちだったが彼の言う魔法が本当に起きるならば、どんなことでもしようと思っていた。
もう一度、彼女に会いたい。
いつまでも彼女に引きずっていれば前に進めないのだとわかっている。わかっているからこそ彼女、
トキトウに会ってきっちり気持ちの切り替えをしたいのだ。
例え、それがどんな形だったとしても。

「来年と去年が来るちょうど狭間の瞬間じゃないといけないんだ。その日の夜にお盆に水を張り月を浮かべる。月を映した盆に向かって『さよなら○○』と言う。その○○っていうのは、別れたい相手さ。そして両目をつぶってお盆に顔をつける……さよなら言い続けた人じゃないと叶わないとか、なんとか」

所長に担がれているのかもしれない。
ふざけた内容だとシジマは思っていたが、どうしても毎年、その方法を試してしまうのだ。
両目を開けたときに何かが起こっていやしないかと、少し期待してしまう。
今年も理由もなく深夜まで会社に残っていた。紅白を所長と二人で眺めて、おもちをストーブで焼いて食べる。
所長には家族がいないらしく、急いで帰る必要はなかった。
所長がお酒を飲んでソファに眠ってしまった頃、時刻は11時55分だった。
テレビを消して準備してあったお盆に水を張る。
そしてビルの屋上に向かう。

白い息がゆっくり空中に散る。あたりは薄青く月光に輝いていた。昼間に雪が降っていたが今は止んでおりあたりはしん……としていた。
冷たい水に月が浮かぶ。シジマは腕時計を見た。
時刻は12時となった。

○ ○ ○

気づけば桜が散る夕がたの公園にシジマは佇んでいた。
――なんだ、自分は眠ってしまったのか。
シジマは身体を見下ろす。視線は低く懐かしいシャツに半ズボンをはいていた。小学生のころの自分の定番の服装だった。
砂場に動く人影を見てシジマが近寄ってみると幼い少女が独りで遊んでいた。なんとなく近寄っていくと少女が顔をあげた。おっかぱ頭の彼女の顔を見てすぐに誰かと気付く。
「君はトキトウ……」
「どうしてあたしの名前を知っているの?」
首をかしげる少女。トキトウは質問しながらも答えを聞く間もなく砂の山を作る作業に戻った。
シジマはかがみこんで砂の山を作るのを手伝う。
「トキトウ……いや、アカネちゃんだったよね?」
「うん」
時任茜。それが彼女の名前だった。
「君は好きな人とかいるのかな? いや、いないか」
「いるよ。おとうさんとーおかあさんとーエビ蔵とー」
「海老蔵? 歌舞伎の?」
「ううん。シベリアンハスキーの」
シジマは時代が違うことを改めて思い出した。
「それでさ。未来に……好きな人ができるとするよね。その人がどうしても君と、さよならをしなくちゃいけないんだ。好きなんだけど、別れなくちゃいけない。その未来の人にさよならの言葉を言ってあげてくれないかな」
「すきなのにさよなら? かわいそうね」
「うん、かわいそうだ」
トキトウの年齢は5歳くらいだろう。まだ恋も知らない幼い少女。こちらの意図する答えはもらえそうにない。
シジマは困ったように微笑んだ。
また、こうして少女と会話できただけでもご褒美じゃないかと考え直す。

「アカネー帰るわよー!」
母親らしき女性の声がしてトキトウは立ち上がった。そしてスカートの砂をはらう。
シジマが何も言わずに顔を眺めているのに気付きトキトウはにっと笑った。
「――さようなら、シジマさん。また明日ね!」

どうして幼いころの彼女がシジマ、という名前を知っていたのだろう。名札はしていない。シジマが不思議がっている間に彼女は桜の花びらの間を走って去ってしまった。


○ ○ ○

「……っ!」
冷たい水から顔をあげる。寒いビルの屋上だった。除夜の鐘がどこからともなく聞こえている。
前髪から水が垂れた。
一瞬、夢や幻想を見てしまったのだろう。こうだったらいいなという自分の想いが見せた幻。
「シジマ君、どうだったかね?」
所長の声に振りかえる。後ろに少し顔の赤い所長が立っていた。白い息が二つになる。
「彼女に会えたかね?」
それが、よくわからないんですと伝えようとしてシジマは盆に何かが落ちたのを見た。
波紋の中に薄桃色の花弁があった。
あの桜の花びら?
シジマは知らずのうちに微笑んでいた。それはここ数年間できなかった自然な笑み。
トキトウを失ってからシジマはどうしてあの日の依頼を自分が請け負わなかったのか。その時自分は何をしていたのか。そもそも想いを伝えなければこんな想いはせずにすんだのか。
それはあまりにも独りよがりだ。
夜になれば色々な声が頭を支配した。自問自答する声やさよならメッセンジャーで会った人々。
それらが桜の花びらの公園からさああっと消え去ったかのように思えた。
トキトウのさよならで辺りは静寂に満ちた。
世界はこんなに静かで穏やかなものだったのか。

「ええ。トキトウに『さよなら、シジマさん。また明日』と言われました」
「ふうん。良かったね」

さようなら。
そうすれば、きっとまた会いたい人に会えるのだ。
シジマは両目をつぶり彼女の声をもう一度蘇らせた。

いつか、また。

人は誰かに会って、別れて、また出会ってを繰り返している。それらは世界からしたらほんの一瞬の間隔で起きていることで、今こうしている間にも誰かは会って別れている。
そうすることで成長するのは後退するのかはその人次第だが、そのような自然の摂理になっている。
誰にも出会わず誰にも別れない人なんてこの世にはいない。
シジマは、ようやく世の無常さを許せると思えた。
そうでないと、きっと人は生きてるとは言えない。

所長が肩をすくめて中に入ったのでシジマも後に続く。
そして、もう一度盆の中を見ると桜はもう消えていた。



おわり。

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