心を何にたとえよう

先週末「ゲド戦記」見てきました。原作読んだことないのですが原作読んだ母からいわせるとちょっと難ありかな・・・ということらしいです。そりゃあ何巻もある物語を一話完結形式でまとめなくちゃならないのだから原作とおりというわけにもいくまい。でもジブリだけあって映像は見ているだけで楽しいですね。今回はどこかの画家の絵をもいくつかモチーフにしているとか。世界ができていました。今回の映画のみどころは景色ですね。空と草原の風景とか綺麗なものが多いです。
あと竜のデザインが素敵ですね。作品によってはドラゴンのデザインがグロテスクだったり、トカゲっぽかったり、恐竜みたいだったり。ドラゴン好きなのでゲド戦記みたあとブックカバーとか竜のキーホルダーとか買ってしまいました。いいですねー。今のうちに買いですよ。
 あと今回の作品で一番好きなシーンはテルーが(顔に傷がある女の子)歌うシーンです。夕日が沈みかけている草原で一人歌っているわけです。呼びにきたアレン(ゲドと一緒にいた子)がそれを聞いて涙してしまう・・・やはり涙する男キャラが好きです。感情があるんだなあと思って。女々しいのは嫌いですが泣くのは悪くないと思います。
 ワンピースでも男キャラは感動した際泣いてしまうのもいいとこだと思います。
それはともかくゲド戦記、宮崎吾郎氏初監督作品でありますが絵とかはもちろん問題あるわけもなくしかし悪いとこはカットやストーリーの持っていき方、『リズム』がどこかで見たような知っているような・・・と思わせてしまうとこが多かったとこですね。今までのジブリ作品に類似しているというか。初作品でジブリ作品からぬきんでた作品であればそれはそれで反感を買うでしょうが、でも新しい作品なのに少し物足りない感じがしました。しかしポルコも言ってますし今までの経緯なんてあまり関係ないですよね。
 大事なのは「インスピレーション」だから次から次へと作品を生み出して欲しいと思います。

今回テーマがすごくストレートでした。死ぬのが怖くても死を拒否するのは生きることも拒否すること。つまり命はいつか尽きますが尽きるんだからどうでもいいとかじゃなくてそれを踏まえた上で私たちは生きていかなくてはならない。そんな感じのテーマだと思います。
 死の前ではみんな孤独なわけです。映画みてて幼い頃の自分の記憶を思い出しました。昔、「死」を怖くなってしまったことがあります。初めてつきつめて考えてしまい急に怖くなりまだ死ぬまで何年もあって良かった、でも死ぬときどうしよう、一人で死ななくちゃならないのに、と。家族も一緒についてきてくれないのに、いつかは死ななくちゃならない。その時自分はものを考えていることができるのだろうか。考えることができないなら本当の自分は死んだ瞬間、何も無くなってしまうのだろうか。魂なんて無い、死ぬときは死ぬときと言う反オカルト科学派の人たちは強いなあと思います。わたしは死んでも自分がありたいので死んだときは魂になると思い込んでいます。
今でも怖いです。でもそれじゃあ、この世界に生き続けたいのか問われれば私はもちろん床につきたいわけです。
 「ゲド戦記」はそんなあまり考えないこと(考えないようにしている)を考えさせてくれる作品でした。
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