「太陽の香りのするシーツ、明るい部屋」

少女と暮らし始めて幾日かがたった。
青年は外へ仕事に行き、少女はただ、置いていかれたお金で食べていた。

その日も少女は青年が夜更けに仕事に出かけたのを確認した。
青年は大抵、夜中か朝早くに出かける。きっと人が一番油断している時刻を狙っているのだろう。
そう考えることは同じくらいの年齢の少女ならとても恐ろしいことのはずだが、当の本人はその想像に特に何も思わなかった。
気付いたことがある。
青年はこの部屋でほとんど過ごさないために本来なら部屋は汚れないはずだが自分が来たことによって多少、汚くなってきた。食べこぼしが床に落ちているし、食器もいくつかキッチンにたまってきている。
少女はベッドのシーツをつまんだ。
シーツも干した方がいいかもしれない。青年はベッドでちゃんと眠らないので気になるのは自分だけだろう。
今までは愛人ばかり連れ込む父の傍で勝手に暮らしていた。
けれど、それは二人だけの生活ではない。
父はお金だけは持っていた。
だからうちの家には使用人がいたし、私の世話はしてくれなくとも家自体は綺麗に保たれていた。
これからは、ちゃんと自分のことは自分でしなくちゃいけなのだ。
そうでないと青年に迷惑がかかる。

× × ×


青年は夜更けに出かけて太陽が昇り始めたくらいに帰ってきた。中に少女がいても鍵はかけていった。
鍵をあけてドアを開く。
青年は思わず声をあげようとした。

窓が開け放たれてシーツがそこから干されている。
床はモップで美しく磨かれていたし、キッチンには食器類が何もなくきちんと並んでいた。
しかし、少女がいない。
と、後ろから鉄筋の階段を上ってくる音がして振り返る。
「今日は早いのね。買い物してきたのよ」
少女は小さな腕に抱え込むのは大変なくらいの食材の入った紙袋を持っていた。
「何をしている?」
「え。生活をしているのよ」

本当はあまり外出するな、窓を開け放すな、家事をする必要はないと怒鳴りたかった。
だがそれをすると、この少女のいう「生活」ができなくなる。
殺し屋の傍にいる者は危険な目にあう可能性が多いから本来なら普通の「生活」ができない。

言おうとして青年はやめた。
少女が死んでも構わない。そう思うのが普通の状態だろう。
そう思わないのなら異常な状態だ。今の考えを思いついただけでも青年にとってはおかしな事態なのだ。
笑いそうになった。

「何。おかしな顔をしているわよ」
少女はそう言って青年の葛藤も知らずに部屋に入った。
太陽の香りを含んだシーツが青年は嫌いだった。おまけに眩しい部屋も嫌だ。
きっと、それは自分を闇の生活から引き離してしまうかもしれないから。

やっぱり、連れ込んできてはいけなかったのだ。
あの手をとってはいけなかった。

青年は後悔しながら明るい部屋へと足を踏み入れた。




おわり。



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帰りを待つ人もなく。

あまり眠れてはいないが、仮眠程度には眠り目が覚めるとそばに金髪の少女が眠っていた。
わずかながら驚く。
驚いてから昨日、何故か殺した対象の遺族をひきとってしまった自分を悔いた。
ゆるゆると起きだして頭をかく。
そして、顔を洗ってから鏡を見る。
目の下にクマがあった。冴えない顔をしている。生まれたときからこんな顔だっただろうか。
気にせず、重いコートに腕をとおす。
そして、テーブルにわずかなお金を置いて部屋を後にした。


通りに面しているガラス張りのカウンター席で遅い朝食をほおばる。
匂いが残らないように野菜がメインのサンドだった。
通りを歩く人はまさか自分が何人も殺してまわっている殺し屋だとは気付かずに通りすぎていく。
自分だってその中に、麻薬密売している人物や、諜報部員や、または芸術家が歩いていたとしてもわからない。それと同じことだ。
店を数分とたたないうちに出てその足で仕事へと向かう。
また人を殺さねばならない。

× × ×


どさりと力なくして倒れた人物を眺めてから身をひるがえす。すると後ろに笑顔を張り付かせた手配人の姿があった。まったく気配に気づかなかった。
「どうした。仕事の確認をしにきたのか?」
「いやいや、こんな仕事などあなたにとっては朝飯前でしょう。といっても朝飯は食べてしまいましたよね」
何がおかしいのか、肩をゆらしてしばらく笑ってから、
「実はね。もう次の仕事が入っているのですよ。このまま向かってもらえませんか?」
言いながら懐から地図を渡す。それに次のターゲットの写真もついていた。
「大丈夫ですか。疲れているなら別の方に頼みますが?」
「いや、いい」
仕事はできるだけ受ける。
断る理由が自分にはないからだ。疲れてもいないし、殺しに精神力を使う必要もないし、まだ昼前だ。
「ありがたいですよ。何せ、最近仕事がたくさん舞い込んできていまして。本当は目もまわるくらいの忙しさなんです」
普通の話のように彼は言った。誰が誰を殺そうと俺には関係ない。
ただ、その話を聞き流した。

× × ×

それから、手配人の言うように次から次へと依頼が来た。殺した現場から次の現場へと急ぐ。死体はいつも会社が始末してくれている。自分はただ、目的を達成していけばいい。
いい加減、疲れてきていたころだ。
死体を見おろしてから壁にもたれる。もうこれで一旦は片付いたか、手配人は姿を見せなかった。
ふと気づく。

――今日は何日目だ?

家にずっと帰っていない。
そうだ、少女は? ずっと放ったらかしにしてきたが少女は部屋で生きているのだろうか。
賢いように見えたがまだ幼い。
慌てて、現場を後にする。

× × ×

ドアを勢いよく開けるとそこに少女の姿はなかった。
焦るどころか、なぜか静かな気持ちとなった。最初からこの部屋に少女などいなかったのだ。自分が養う対象がいるはずもなく、殺し屋を部屋で待つなど愚か者のすることだ。
きっと少女は逃げた。
そう考えたところでベッドの塊に気づく。めくると少女が眠っていた。
ごはんは食べていたのだろうか。テーブルを見るとお皿とパンの食べかけが残っていた。
少女が目を開ける。空色の目が自分をとらえた。

「おかえり。あたし、迷惑かけないって言ったでしょ」

こちらの考えを見越したように少女が言った。
なぜだろう。
その言葉を聞いて安堵した自分がまるで自分じゃないように思えた。




おわり。

悲しみの伴わない死

「殺し屋とはつまり、悲しみの伴わない死を請け負う仕事だと思います」
「……」
横を歩く男は満面の笑みを浮かべている。一見、人のよさそうな笑み。
だが、この年齢不詳の男は「仕事」を持ってくる、手配者だった。
「だって、そうでしょう? 殺してくれと金を積んでまでお願いされて殺す相手の死が特別だと思いますか? 思わないでしょう? だからそんな暗い顔をする必要もございませんし、ましてや罪を償うために辞めようとか思うこと自体、おかしな話です」

殺し屋の青年は目元まである前髪の下から横の男を一瞥してから再び前を向く。
人々が行く雑踏の中。他人にこの会話を聞かれるのではないかと思ったが、他人というのは他人に無関心な生き物らしい。この手配者の男が仕事を持ってきて会う場所はいつだって人々の雑踏の中だった。
歩きながら話す。

「もし、辞めようと思えばどうしたらいい」
「……」

青年の言葉にそれまで饒舌に話していた手配者の男は顔は笑ったまま無言となった。
そして横を並ぶ青年にゆっくり顔を向けた。上質なコートを身にまとった裕福そうな男性だと他人は思うだろう。
しかし、いつも笑っているこの男が無表情になると、とても一般の生活をしているとは感じられない。
闇の世界の住人、そんな陳腐な言葉が浮かぶはずだ。

「あなたは、なにをおっしゃっているんです?」
「――最近、思う。悲しみの伴わない死なんてない。誰かが死ねば誰かが泣くはずだ。不必要な人間などこの世にいない」
青年は臆することなく言った。青年は痩せており、目元にはクマ、前髪に隠れているが年齢にはふさわしくない眉間に皺が時々現れる。同じ年齢の青年では考えられないほどの疲労に満ちた顔をしている。
手配者の男がくく、と喉で笑う。

「まるで宗教家のようなお言葉ですね」
「普通の話をしている」
「いえ。私にはまるで説教のように聞こえます。悲しみの伴わない死を望んでいる方が大勢います。その方々を救うのが我々の仕事だとしたら宗教家とは話がすこし、合うのかもしれませんがね」
「殺す以外に選択肢はないのか」
「ありませんね。どうしようもない人間は蛆虫のようにあとからあとから湧いてきています。一旦は駆逐できても、一掃はできないでしょう。この世界があり続ける限り、永劫に。だから、まあ我々の仕事は尽きることがないというわけです」
「……」

埒があかない。青年は手配者の男を置いて去ることにした。手配者の男はその場で足をとめる。
「ごらんなさい。チャリティーコンサートをされていますよ。オーケストラの生演奏!」
時計塔の真下の広間でオーケストラが楽器を各々携えて、クラシックの演奏をしている。
人垣の中へ手配者の男は消えていった。
青年は、舌打ちをした。まるでふつうの人のように音楽で感動できるのにどうして彼は人の死を軽んじるのか。
いや、自分だって少し前はそうだった。

もし、少女が死んだら。殺されたら。

そう考えるだけで人の死を簡単に切り捨てることができなくなった。
一人、路地裏を歩きながら男は再び、舌打ちをした。




楽器の奏でる旋律が遠くから微かに耳に届いた。



おわり。

いつだって深淵は傍にある。

暗闇の中、追手から逃げる。走っている自分の鼓動しか耳には聞こえない。
鼓動のせいだけじゃない。
この世界は音もなくとても静かだった。

気配を察知して勘で左によけると後方から刃物がついたワイヤーが飛んできた。
空気を切る音がしてからまた闇に消える。その方向に短剣を投げると遠くでうめき声が聞こえた。
一人倒したと思ったのも束の間、すぐさま両手に三日月のように沿った剣を持った屈強そうな男が現れた。
こいつは見たことがある。昔に殺しの依頼があって殺したやつだ。
目を見開いて凝視している間はなかった。舞うように男が剣を振り回しながら距離を縮めてきた。
とんとん、と跳躍して逃げる。
地面に片足を置いたときだ。何者かが足をつかんだ。そこにいたのは先ほど自分が投げた短剣が額に刺さったワイヤーを飛ばしたらしき男だった。
この男も以前に自分が殺したはずの男だった。
恨みのこもった目で足首をつかみこちらを見上げている。

三日月の剣が間近に迫り腰の長剣を抜いて応戦する。しかし力の差がある。
じりじりと男の交差する剣が顔に迫ってくる。
息がつけないほど逼迫した状態だった。そこへ足首をつかんでいた男がふいに起き上がり後ろから斧を振り下ろしてきた。
背中にまず熱がこもり血しぶきが飛んだ音が聞こえた。
すべてが蜃気楼のようになりゆっくり地面に倒れていく。
地面の衝撃を予想しながらも訪れない。閉じかけた目を開くと何もない暗闇のなかをただ、下に向かって落ちていた。
もしかしたら永遠に落ちていくだけなのかもしれない。
それが死というものだろう。命の尊さとか儚さとかを悔やむための永劫の距離。
何者か――人々が祈る対象とかにでも懺悔して自分の生まれたことへの奇跡と浅ましい事実を理解したときにもしかしたら解放されるのかもしれない。
それまでは、ただ落ちる。

“起きて、朝だよ”


まぶしい光に目を細める。
少女の言うとおりここは現実の世界で朝だった。
生きている者すべてに訪れる朝。特別なことなど何もないはずの光。
手で白い光を遮りながら天井を見上げる。またソファで眠って悪い夢を見てしまったようだった。

「人は……つまらない生き物だな」

ふいに出た言葉はそれだった。少女は首をかしげた。

「つまらないと思うなら変えなきゃ。人生を変えるのは自分でしょ。あたしはあなたと会って少なくともつまらなくなくなったわ」

つまらない。その意味が少し違った風にとらえているがなかなか的を射た答えに殺し屋の男は笑った。
とりあえず、生きている証拠である空腹が襲ってきたので目玉焼きでも焼こうと考える。
ソファから起き上がって彼はあくびをかみ殺した。

少女がこちらを見て笑った。


おわり。

自分が時々、好きじゃないと彼女が言った。

少女は街を歩いていた。

殺し屋は滅多に買い物へ行かないために自分で買出しに行かなくてはならない。
押しかけ同然で殺し屋の青年のところに居ついたわけだが、食費などを置いていっているため別段、拒まれてはいない・・・・・・はずだと少女は思っている。

と、紙袋をかかえて前を歩いていると綺麗な花柄のワンピースを着た女の子と若い男の子が(と言っても自分より年上だが)二人して楽しそうにやってきた。通り過ぎる瞬間、笑い声がより一層近くなる。
そして、自分の服を見下ろしてみる。
さりけた薄い緑色のシャツと、茶色のスカート。靴は薄汚れたサイズが大きめのもの。

今まであまり自分の姿とか気にしなかったのにどうして今更と思った。
こうして、今日の晩御飯の食料をちゃんと買えて誰かと一緒に食べる予定があればそれでいいじゃない。
そう思うのに、気分がどんどん沈んでいく。

次に綺麗な婦人が傘をさして子供と手をつないで前からやってきた。どこかへ行く予定だろうか。
自分よりも小さな男の子は嬉しそうにはしゃいでいる。
通り過ぎる瞬間、心が痛くなった。


これは、無い物ねだりだ。贅沢病だ。
少女は首を振って、家路へと急いだ。




殺し屋の男が返ってくる時間はいつも夜中だった。
人を殺すのは夜中らしい。誰かがまた死んでいる。誰かが羨んで恨んで憎しみ、殺そうと願う。
無い物ねだりの人が世界には溢れている。
幸せはきっと小さなもので、気付かないものなのに。

「おかえり」
少女はドアを開けた殺し屋に抱きついた。
少し、驚いているのが気配でわかる。何も言わずに殺し屋の青年は少女の頭をなでた。

少女は殺し屋の胸の下あたりに顔をうずめながら呟く。

「・・・・・・自分が時々、好きじゃない」
殺し屋は黒髪の下からじっと少女の金髪を眺めてから


「俺も」

と同意した。






おわり。
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