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数週間前に書いていたものがフォルダにあったんだけど何を書いたのか思い出せない件。

別に、酔って書いていたわけじゃありません。
ええ。お酒滅多に飲みませんし。

でも、赤ずきん書こうと思ってフォルダを見ていました。
すると「あれ、何だろこのタイトル」というものが。
実は偶数月締切のコバルト短編に出そうと思っていたけど、断念した作品でした。遠い昔に書いていたわけじゃないのに、中身を見るまで思い出せませんでした。
つまり、おもしろくないなーこれ。と思って放置すると忘却してしまうんですね。
すっかり、忘れて読み直しました。
で、そこまで面白くないというわけではありませんでした(笑)自画自賛。
書いていると、陥る「この作品面白くない病」。何も考えずに忘れて読むと違った視線になりますね。
そういうの昔からあって、思い出せる内容のもあるんですけどタイトルだけでは「どんな話だったかな?」と思うものがあります。
分析するに、忘れる作品ってきっとそのときの感情を吐き出すために書いているやつだと思うんですよ。
書いているうちに昇華してしまって、今その気分じゃないから思い出せないし、書けない。
でも逆に覚えている作品って、まだ吐き出しきれてない感情をもとに書いたやつで未だに時折悩んでしまうことをネタにしているものだと思うんですよ。
特に、これとは言いませんが。

全ての作品に誠実に読者のことを思って書いている方は忘れることなんてしないと思います。
ただ単に私の書き方が感情的なだけだと思います。

悩みがある分だけずっと書き続けなくてはいけない。
いや、書かなければいけない理由なんてないので、私が勝手に書きたいと思っているだけです。
読者のために書きたいのに、自分のことばかり、とうんざりすることがあります。

本当は悩みを乗り越えたいのです。
小説を書いて掃出し、すっきりしたい自己満足野郎なのかもしれません。
それではいけませんね。

~しなければいけない、なんて長女特有の固定観念ですが、これではいけない感にずっと囚われている気がします。
抜け出すために、もがくために、ずっと考えてます。

考えるくらいなら、書いた方が先に進めるのが少し早そうなので、書いてます。
それだけです。
シンプルに考えていけるよう頑張りたいと思います。
小説の内容を忘れてしまうのは、問題を吐き出しただけで向き合っていないせいかもしれません。
けれど、悩みなんてものはその時々で変わってしまうんですね。
変わってしまう感情を元に書くとずっと一つの作品を考え続けることができなくなるのは当たり前なのかもしれない。
だからといって小説が書けない理由にしてはいけませんよ。

これは自分に対して言っているんですね。
高瀬さんのことですから、また数日後に、忘れてしまうでしょうから。



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書けないとき、チョコレートいいみたいっす。

今日は少し創作できて良かったです。
カクヨムの放置しておった赤ずきん。
更新しましたよ。
活動がカクヨム中心だと更新し続けないと、PVが気になってしゃーない。どうしても期間あくと訪問者も失速しますもんね。
なんかしんどくなって一旦やめてました。理想はまとめて書いたやつを予約登録していったらそんなことにならないのだろうけど。

でも、カクヨムにあげてる別の短編にレビュー貰ってうれしくなった私は復活しましたよ。
あと、ツイッターにて創作者にどうしたら書けるのかという質問に対して、書くしか打開策ないとあって納得。

下手くそでも面白なくても書くしかないんかー。

ただね。自分は書くとき楽しくなきゃ書けない気がします。
2月、コバルト短編出そうと思ってプロット作って書いてましたがちょっと断念。

おもしくない(笑)!

次は電撃短編目指します。コバルト短編はいつでも出せてしまいますが、こちらも今年は1作でも出したいです。

そして、しばらくお話考えてるプロットすこーし進められました。
うおっほい。

昨日、テレビでやってましたが頭良くなる食材はないけど、集中力増す食べ物はあるみたいです。
それは、アーモンド入りチョコレート!
あまり、好きじゃないのですがなんか効果あった気がしますよ。
みなさんもお試しあれ。




探しているものはそう遠くはないのかもしれない

「探しているものはそう遠くはないのかもしれない」というエッセイを読みました。
7ルールという番組で、彼女が勧めた本は必ず売れるということで有名な書店員、新井見枝香さんの特集しててたのが読むきっかけです。
すごく面白い方で、本も好きなんだろうけど仕事も好きなんだなぁと番組みてて思いました。本が売れない時代といわれてる今ですがそんなに凄腕の本屋さんがいはことは素晴らしいことです。
本は高いですよね。ですから買ってもらうには方法が必要なわけで。
ポップに泣きましたなどの感想は書かないなどは逆にそーなのかと思いました。本は読んだ人の感想によりますからね。
で、このエッセイ。本屋の仕事のことも少し書いてありますがほとんどがどーでもいい話です(笑)話は脱線しまくるし、妄想入りますし、新井さんがまるでラジオみたいな本というのもよくわかります。
久しぶりに2日で読んじゃいました。読書スピード落ちてますがまだまだいけますな!エッセイだけど。これで書くスピードも早くならなきゃね。
よし、書くぞ。本も読んだし。

紙の本はかさばる。

年末から我が家は断捨離をしている。本を中心に断捨離しているのだけど、ブックオフに段ボール箱10箱くらい出したのに、まだたくさんある。漫画がほとんどである。
二階にあった大きな本棚。思い出がたくさんある本棚。本棚の上からジャンプで連載されてたBLEACHのカレンダー終わったやつが埃まみれで降ろされた。あと、私が科学クラブに小学生の頃所属してたとき作ったスライム瓶詰め。失敗したのでそのまま放置していた。
それを解体して粗大ゴミ。一大プロジェクトである。あと小さな本棚も捨てた。うちの家は父以外みんな本が好きなので個人個人で本棚を持っている。それでいて個人の部屋がないので物を定期的に整理しないと溢れかえるのである。
普通は独立していくのだけど、うちの家はそんな予定しばらくない。私は結婚に向いてないと常々思う。この前も家事の分担について妹と口論になった。料理は壊滅的。それでいて仕事人間かと問われればそれも違う。趣味ライフに勤しんでいるかといえばそうでもない。
でも、しいて言えば本はほんとに読んできたなと思った。偏りはあるかもしれないけど色々読んできた。本を売るときわくわくしたよな、これ…とか思いながら段ボールにしまう。名作は読んできた。つもりだ。
できるとしたら、同じく本が好きな人と友達みたいな生活ならできそうかもしれないと思った。知り合いのご夫婦は、本部屋を作った。これは私も夢だなあと思います。

鬼は外。

俺は見た目チャらいとよく言われるけれど、こう見えて霊感体質である。
幼い頃は大人たちに「ねえ。どうしておじいちゃんの分のご飯がないの?」と葬儀のとき尋ねたりして怖がらせていたが、高校生にもなると無視を決め込むことになれてきた。
目の前にまで迫ってもいないという風に視線を合わせないことができる。
まあ、こちらが注視しなければ奴らが迫ってくることはない。基本かまってちゃんなのだ。
で、俺の霊感体質はその死んだおじいちゃんから来るものみたいなのだが。
おじいちゃんがいつも言っていたのは、節分のときは外で遅くまで遊ぶな、ということだった。
みんなが邪気を払い、豆をまき、鬼を追い出すことによって三日の夜は街は鬼だらけらしい。
その話を聞いたときは夜眠れなかった。
窓の外をみることもできないくらいびびった。
なんせ、俺はまだ幽霊はみたことがあっても「鬼」という類はみたことがないからだ。
おじいちゃんは「人みたいなものだ」と言った。
なんだ、人の形をしているなら怖くないなと思い直した。
そんなことを、ふと思い直したのは友達とカラオケに行って夜更けまで遊んでしまったからだった。
「あ。もう10時まわってたわ。親に連絡するの忘れてた」
友人の中島が時計を見て言った。いい時計をしている。
そのいい時計が10時を指しているのだから間違いない。俺も携帯の画面を見て「しまったー」と思った。
でも、子供の頃聞いた話だ。
それに世間は恵方巻きに夢中で今時豆などまいていないだろう。
何を怖がる必要がある。
俺は中島と別れて、一人住宅街を歩いた。
おにはーそとーふくはーうち。
という台詞は聞こえてこず、辺りはしんとしていた。もう眠っている人がほとんどだろう。
明日は平日だ。
白い息を吐く。空は静かにこちらを見下ろしている。何か妙なものと目があいそうになって自然に視線をおろす。
冷えるのは冬のせいだ。
急に音が消えたのも夜のせいだ。
何故か五感が緊張してきたのも。
俺は自身が何かを恐れて察知していることに気づいた。
足を思わず止めてしまう。
家の前で黒い影が猫背で一軒の家を見ている。
玄関を見ている。
灯りのともっている玄関から中をじっと見ている。
ちょうど、家の中からの灯りから離れている位置。それ以上近寄れてないとでもいう風に立つそれは俺よりも小柄だった。
でも、獣でもない。
二つの目がこっちをみた。
俺は動けなかった。
その何者かは走って逃げた。
そして、三軒先の家まで走って家の敷地に入っていった。
俺は金縛りからとけたように動きだし、影のあとを追う。
そして何気ない風に入った家の表札をみた。灯りが消えている家。
別にそれだけのこと。
数日後。
その家が放火されたと報じられた。
俺がみたのは犯人だったのだろうか。じっとこちらをみる爛々とした目。
下見をしていたのだとしたら。人。
おじいちゃんの言葉が浮かんだ。
「人みたいなものだ」
人かもしれない。人だとしてもぞっとするし、鬼だとしても同じことだ。
事件は怨恨による放火かもしれないということで報じていた。
俺は節分の日は夜出歩くことをやめた。
恵方巻きも毎年食べることにする。
迷信かもしれないが、昔の人が言うのだし――とにかく、俺は怖くてあの目を忘れることができなかった。
おわり。
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